ラーメン道blog。
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ありがとうございま~す♪

すんげ~久々のblogですしょぼん

うちの店の常連の芸人さん、ハライチの澤部君がうちの店の事をblogで紹介してくれましたニコニコチョキ


まぁ、詳しく言うとうちの店の事書いて~しょぼんって頼み込んだんですけどねガーン



ホントありがたいですニコニコ


お時間ある方、ハライチで検索して見てみて下さい。

友達の死で教えられた事…

先日16日、高校の時の友達が亡くなりました。
享年32歳。
ちょっと調子が悪いな~と思って、病院行ったら即入院で入院して3日後に容態が急変して、意識不明になってそのまま…って感じだったみたい。
死因は劇症肝炎。
発症して1週間で亡くなったそう。



そいつとは同じ部活だったんだけど、部員の仲でも特に仲良かった方だと思う。


部活が休みの時に数人で遊びに行った時もそいつはいたし、そいつんちに遊びに行った事もあったしね。


高校を卒業してから14年。
卒業してから会ったのは3、4回だと思うけど会えば久しぶりって感じでお互い笑顔で話したりして、特に意識はした事なかったけど男女とか気にすることなく、素の自分をさらけ出せる大切な友達だったんだと思う。



部活で3年間苦楽を共にしてきた仲だし、いろいろ相談したり、遊びに行ってたからどんなに年数が経っても強い仲間意識は今でもあるよね。



通夜が昨日で告別式は今日。
でも、通夜も告別式も仕事でどうしても行けず、休みの日に線香を上げに行こうと思ってたんだけど、高校の時の思い出がすごい蘇ってきて、やっぱし最後に会いたいって思って、昨日仕事が終わったあと行ってきた。


仕事終わったのが深夜の12時半位、そっから高速飛ばしても着くのは2時頃。
行ったとこで会えるか分からないけど、会えなくてもせめてそいつの近くで拝んで来ようと思って。



正直着くまでは亡くなった事に対して半信半疑で、なんかのいたずらであってくれたらって思ってたんだけど、葬儀場に着いたらそいつの名前があったんだよね。


ちょうど人がいて、深夜にも関わらず快く迎えてくれて最後のお別れをして来たんだけど、今にも目を開けて「久しぶり!!」って話すんじゃないかって位、綺麗な顔してて、ほんとに信じられない気持ちでいっぱいでした。



高校卒業してからの彼女がどう過ごしてたのか知らなかったんだけど、6年前に結婚して3歳と1歳の子供がいて、幸せな時間を過ごしてたんだと思う。


子供や旦那も辛くて悲しいけど、幼い子供と愛すべき人を残して短い人生にピリオドを打たなくちゃいけない彼女の気持ちを思うともう泣くことしか出来なかった…



なんであんなに仲良くて、なんでも話せる仲だったのに卒業してから彼女とのつながりを持たなかったんだろうってすごい後悔。
こんな状況にならないと気付かないなんて…


こないだ友達と呑みに行ったとき、なんか良いことないかな~?なんて話してたけど、生きてるだけで幸せなんだなって彼女に教えられた気がする。



そして…命有る限り精一杯生きてやる!!って誓ったそんな日でした。

ラーメン道を極めるどー!!

どうも!!
久々のblogです!!


え~っと、沖縄県民から埼玉県民になりました。
いろいろと悩み、将来の事を考え実家に帰って来ましたよ。


で、今は何をやってるのかと言うと、ラーメン屋です。
そんでもって6月からいきなり店長代理っすよショック!あせる


まぁ、話せば長くなるんだけど1つ1つ順を追って話して行きますかねガーン

まず、1月下旬から2月いっぱいまで実家に帰省してたんだけども、いつかのblogにも書いたけど、義兄がラーメン屋をやってて、時間空いてる時にバイトしてたんだよね。


で、沖縄に帰る時にまぢでラーメン屋やらない?って言われたんだよね。

石垣での生活に不便は感じてなかったし、むしろ充実してたからその時は断ったのね。


で、そのあともちょくちょく連絡は来てて、何回か話してたある時、今考えると義兄にとっては奥の手だったと思うんだけど、うちのラーメン屋で修業して1人前になった時に、沖縄での生活を望むなら沖縄での開店資金を援助するって言われたんですよショック!
これには心が大きく揺れたよね…ガーン



確かに、石垣で生活してて、どこかの会社に雇われて安い賃金で働くよりも、小さくても自分で独立してやった方が沖縄での生活をもっと楽しく出来るだろうなとは思った事はあったけど、自分には手に職がないから無理だなって考えてたからこれはある意味大きなチャンスかもしれないって思ったんだよねひらめき電球
それに30過ぎの一番働き盛りの時にこんなゆるい生活してていいのかな~って心の中で常に思ってたとこもあったのは事実。


だからと言って、帰ることになったとしたら今働いてる居酒屋のオーナーと、路頭に迷いつつあった俺を拾ってくれた漁師の信さんになんて言えばいいか分からなかったし、どうしようかずーっと悩んでたんだよねガーン


そんな時、沖縄移住を考えてる子に会って呑む機会があったんだけど、10こも歳が離れてるのにしっかりした考えを持ってて、年上の俺がいろいろ考えさせられたと言うか、そんな事があり本土に帰るきっかけをくれたんだよね。



せっかく来た石垣島から何がなんでも離れたくないって気持ちがどこかにあって将来の事とか見てない状況を自分で作ってたような気もすんだよね。


例えば、もし彼女が出来て、結婚って事になったとしたら石垣で生活してた時の収入じゃ、養って行くことは出来ないし、遅かれ早かれ本土に帰る決断をしたのかもしれないしね。



まぁ、居酒屋のオーナーも信さんも一悶着はあったものの、俺の決めた道を応援してくれるって言ってくれて、信さんとは泣きながら酒を酌み交わしましたよビール

まぁ、そんな訳で3年後か5年後か10年後かは分からないし、石垣じゃないかもしれないけど沖縄の地に絶対にまた戻ってくるって思って、埼玉に帰って来ましたニコニコ



まだ書きたい事はたくさんあるんだけど、今宵はこの辺でにひひ




旨いラーメンを作る為に頑張りますよにひひチョキ
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