夏の日差しが照りつける午前11時。小夜子はマンションの自室で目を覚ました。
「ん・・・・・・もう・・・・・・11時かっ・・・・・・」眠い目擦ってベッドから立ち上がると、そのまま台所へと向かった。
ガチャ・・・・・・パタン・・・・・・
冷蔵庫の中はいつもと変わらない。ただあるのは夏恒例のお茶と精神を安定させる薬であった。
精神を安定させる医者からの薬。それは苦しみだけでなく楽しみも消していく、小夜子はそんな風に思っていた。
小夜子は高校時代、友人に勧められ違法ドラックを投与した。そのせいで今の人生めちゃくちゃ。二十になっても家から出られない小夜子は、自室で寝て起きて寝て起きての繰り返しの日々を送っていた。アイフォン撫でる小夜子の指。何日も風呂に入っていないためベタベタと粘る髪。今の小夜子に綺麗なものは何一つなかった。
ピロリロリン♪ピロリロリン♪
母からのメールだ。
”今日は帰るのが遅くなりそうやから、ご飯先に食べててね?あと、薬はちゃんと飲むんやで?”
「もう飲んださかい、腹立つわー・・・」
もう定型文と化してきた母からの「薬はちゃんと飲むんやで?」
「もう子供やない・・・」とは言ってみたものの二十にもなってバイトも就職もしていない小夜子は自分に腹が立ってきた。親にドラックのせいで散々迷惑かけて、そのせいで両親は小夜子が18の時に離婚。本当はこんな自分を引き取ってくれた母に感謝の気持ちと謝罪の気持ちでいっぱいな小夜子はいつもそれを胸の奥に閉まい込む。
「ほんと、ボクって素直やないなぁー・・・」そういうと小夜子は二枚の写真を手にとった。
一枚は家族で沖縄に旅行に行ったときの写真だった。父、母、兄、小夜子の四人が楽しげに綺麗な青い海をバックに満遍の笑みを浮かべていた。
「なんやこの笑窪。この頃のボクも素直やなく、作り笑いやったんやろか?」ありがちな家族と人生だったこの頃を思うと今の人生が本当に小夜子にとって地獄だった。時に厳しく時に優しく大好きだった父。独立して会えなくなってしまったがいつも優しく小夜子を気にかけてくれた兄。何一つ誇れるものがが今の小夜子にはなかった。
二枚目の写真に小夜子は目を向けた。
そこには、小さい頃からの親友エリとタカユキと共にニコリとも笑わない小夜子がいた。この写真は、高校の卒業式の時に思い出だからといって小夜子の母が無理やり撮ったものである。
「こっちが本当のボクなん・・・?」二枚の写真。二人の自分。どちらにも写りこんでいる小夜子は本当の自分がどちらなのかわからなかった。
「エリもタカユキも元気かな?ボクのことなんて忘れているかな・・・?」二人は独立してそれぞれの道を歩んでいると小夜子は母から聞いていた。高校時代、ドラックを唯一止めてくれた二人だが今となっては私のことなど気にしてる暇もないくらい忙しいんだろうな、そんな風に小夜子は思っていた。
精神安定剤の副作用で睡魔が襲ってきた小夜子は、ベッドに戻ることにした。ベッドに入ると毛布の中でうずくまった。
「このまんま痺れるほど眠ったら、林檎齧ってまた寝ようかな・・・」こんな人生でいいのかなとも小夜子は思ったが、今の自分には寝て起きて薬を飲んでまた寝る、こんなことしかできないと自覚しているのも確かだった。そのまま小夜子は深い眠りについた。
目を覚ましアイフォンを開くと、19時22分。新着メール一通の表示。母からだった。
”ごめん。今日は忙しくて帰れそうにないわ。薬はちゃんと飲むんやで?”
「今日は帰って来ないのか。」孤独を感じつつも小夜子は薬を取りに冷蔵庫へと向かった。
夜風に当たろうと、ふと小夜子は思った。普段外には全く出ない小夜子だが、孤独を紛らわすた
めか外に出てみたくなった。夜の大阪をマンションの4階から見ると、綺麗にライトアップされた天守閣、色とりどりに輝く街中のネオン、美しい夜景だが今の小夜子は心を動かすことはなかった。
小夜子はふと手首に目を向けるとそこにはリストカットに跡があった。それを見て思い出すのは、運ばれた病院のベッドから見た母の涙。こんな自分のために泣いてくれる。そう思うと悲しくて、情けなくて涙が止まらなかったのを覚えている。しかし、ドラックはやめられなかった。
死にたくて死にたくて傷をつけた手首はいつしか茶色く汚れていた。
「こんなはずじゃなかったのに・・・。もう終わりにしようかな」無意識だとかこつけて、ベランダに登って風が吹いても、今の小夜子にはここから飛び降りる勇気がなかった。死ぬことを恐るよりも、未遂に終わり母の涙を見ることのほうが何十倍も怖かった。
「・・・くしゅんっっ!冷えたかな・・・?」小夜子は自室に戻った。
小夜子は久々にテレビをつけることにした。テレビの中では昔大好きで父と兄と大笑いしたお笑い番組がやっていた。チャンネルを変えると大好きだった音楽番組に大好きだった安室奈○恵が出ていた。小夜子はドラックをやる前までは、吹奏楽部で熱心に部活動に励んでいた。将来は音楽で食べていけるような職に就きたいと音大まで志望していたが、今となってはこの様である。
あんなに好きなお笑いも、人生変えた音楽でさえ、今の小夜子の心には響かなかった。受け入れられなかった。
「なぜにボクのことを・・・」薬の副作用で小夜子はまた眠くなりベッドに戻った。
カーテンで締め切った部屋に朝日が差し込む。しかし小夜子の締め切った瞼に朝日が差し込むことはない。
寝て起きて寝て起きてが繰り返されるこんな日々が続くんやって小夜子が嘆いてもそのぽっかりと一度空いた大きな穴は簡単には埋まらない。
小夜子が目を覚ました。母はまだいない。
「いっそのこと消えてしまおうか・・・」小夜子はぼそりと呟いた。そして、重い体を無理に起こすと玄関に向かって歩き出した。
「うん、消えてしまおう」