38帖『鈴虫(すずむし)』

出家した女三の宮のために万全の配慮をして、その庭先に鈴虫を放ち、琴を弾き、歌を唱和する。巻名はこの場面に拠る。

《和歌》「おほかたの 秋をばうしと 知りにしを ふり棄てがたき すず虫のこえ」(女三の宮)

 (秋という季節はつらいものと、よく分かったのですが、鈴虫の声にはまだ心惹かれます)

※源氏の君はわたくしに飽き(秋)なされたと知ってしまった、と恨む心

 

《和歌》「こころもて 草のやどりを いとへども なほすず虫の 声ぞふりせぬ」(光源氏)

 (ご自分から草の宿りを厭われたのですが、やはり鈴虫の声はお変わりないですね)

 ※「鈴虫」は女三の宮、「ふりせぬ」は、古くならないこと。

 

◇光源氏50歳夏~秋◇

<物語の流れ>

   光源氏 →尼になった女三の宮の住居、財産を整え、庭に鈴虫を放つ

   秋好中宮 →母御息所(六条御息所)の妄執の噂を聞き、苦患(くげん)を救いたいと出家を希望 →光源氏は諫め、追善供養を勧める

 

<書き出し>

「夏ごろ、蓮(はちす)の花の盛りに、入道の姫宮の御持仏(ぢぶつ)どもあらはしたまへる、供養(くやう)させたまふ。このたびは、大殿(おとど)の君の御心ざしにて、御念誦堂(ねんずだう)の具(ぐ)ども、こまかにととのへさせたまへるを、やがてしつらはせたまふ。のさまなどなつかしう、心ことなる唐(から)の錦を選び縫はせたまへり。紫の上ぞ、急ぎせさせたまひける。」

 

 (夏ごろ、蓮の花の盛りに、入道(朱雀院)の姫君(女三の宮)の持仏の仏像を出されて供養なしあそばされます。このたびは、大殿の君(光源氏)の御志にて、(建てられる予定の)御念誦堂の調度類を、細かに整えさせあそばされていたものも、そっくり飾り付けられます。幡の状態など優美で、特に立派な唐の錦を選んで縫わせられました。(これは)紫の上が、急いで用意させあそばれました。)

 

 ※「御持仏(ぢぶつ)」とは、お念持仏のことで、身辺に安置して朝夕礼拝をする仏像のこと

 ※「供養」とは、仏像に眼を入れて霊を迎え入ること

 ※「幡」とは、布などで造られた旗、目印や装飾として掲げられる道具、仏教祭祀で用いられる

 ※「させたまふ」は、助動詞「さす」+補助動詞「たまふ」(ハ行四段活用)、非常に高い尊敬の念、「さす」が[尊敬]の場合、お~あそばす、の意、「さす」が[使役]の場合、~おさせなさる、の意

 ※「させたまへる」は、使役の助動詞「さす」の連用形「させ」+補助動詞「たまふ」(ハ行四段活用)の已然形「たまへ」+完了の助動詞「り」の連体形「る」

 

《和歌》「雲の上を かけ離れたる すみかにも もの忘れせぬ 秋の夜の月」(冷泉院)

 (宮中を離れてしまった私の住処にも忘れずに中秋の名月は照り渡っております)

 

《和歌》「月影は 同じ雲居に 見えながら わが宿からの 秋ぞ変はれる」(光源氏)

 (月は昔に変わらぬ光に輝いていますが、私の方がすっかり変わってしまいました)