35帖『若菜(わかな)下』

 ※「第42帖雲隠れ(題名だけ本文なし)」を巻数として数えるか否か

   数えれば、『若菜(上)(下)』一巻と見て、これも第34帖、雲隠れ以降第43帖匂宮と続く。数えなければ、第35帖とする。

光源氏が女三の宮主催で朱雀院五十の賀を催し若菜を献じることを計画する。巻名はこの若菜に拠る。

 

◇光源氏41歳春~47歳冬◇

<物語の流れ>

   柏木(25歳)→夕霧(葵の上の子、20歳)、女三の宮(15歳)

   真木柱(黒髭の大将と北の方との娘)→螢兵部の卿の宮(朱雀院の弟)と結婚

   冷泉帝(28歳)→18年間在位して後、退位 →冷泉院、このとき源氏46歳

冷泉院には子がいない →今上帝と六条の女御(明石の姫君)の子(20歳)、東宮に

   光源氏 →住吉詣で、明石の入道の願文祈願 →光源氏(47歳)のとき、女三の宮のために朱雀院五十歳の賀(若菜を贈る)を計画

   紫の上(37歳)→再三出家を希望するが源氏が許さず →突然長き病床に臥す →光源氏、紫の上に付き添いの看病を続ける

    ※37歳は女の重厄の年、藤壺も37歳で死去

   柏木 →右衛門督(ゑもんのかむ)から中納言になる→光源氏が紫の上の看病に気を取られている間に、柏木、女三の宮と密通 →女三の宮宛ての手紙を源氏に見られて、発覚、病に伏す

   朧月夜(弘徽殿の大后の妹)→光源氏と浮名を流してから、出家

 

<書き出し>

「ことわりとは思へども、うれたくも言へるかな、いでや、なぞ、かく異なることなきあへしらひばかりをなぐめにては、いかが過ぐさむ。かかる人伝(つで)てならで、一言をものたまひ聞こゆる世ありなむやと思ふにつけて、おほかたにては、惜しくめでたしと思ひきこゆる院の御ため、なまゆがむ心や添ひにたらむ。」

 

((小侍従の返事は)当然とは思うけれども、痛い所をついた言い方であるな。いやしかし、どうしてこのような通り一遍に適当に合わせるだけで気を晴らしていては、これから如何に過ごせようか。このように人を介してでなく、(女三宮の)一言でもお言葉を伺い思いを申し上げる機会があるのであろうかと思うに、こういうことがなければ、大切にも素晴らしいお方とお慕申し上げる院(六条の院光源氏)に対して、少し邪な心が生じたのでしょうか。)

 

 ※「あへしらふ」は、他動詞ハ行四段活用、対応する、適当に取り合わせる、の意

 ※「聞こゆ」は、①自動詞ヤ行下二段活用{え/え/ゆ/ゆる/ゆれ/えよ}、聞こえるの意、②他動詞ヤ行下二段活用、申し上げる[言ふの謙譲語]

 ※「思ひきこゆ」の「きこゆ」は、補助動詞ヤ行下二段活用{え/え/ゆ/ゆる/ゆれ/えよ}、連用形接続、お~する、~申し上げる[謙譲]の意

 

《和歌》「恋ひわぶる 人のかたみと 手ならせば なれよ何とて 鳴く音なるらむ」(柏木)

 (恋い慕ってもどうにもならぬあの方を偲ぶよすがと思って撫でいつくしんでいると、おまえはどういうつもりでそんな鳴き声を立てるのか)

 

<紫の上、病に倒れる>

紫の上は光源氏のいない夜には女棒たちに物語を読ませて聞いていた。

「かく、世のたとひに言ひ集めたる昔語りどもにも、あだなる男、色好み、二心ある人にかかづらひたる女、かやうなることを言ひ集めたるにも、つひに寄る方ありてこそあめれ*。あやしく、浮きても過ぐしつるありさまかな。げに、のたまひつるやうに、人より異なる宿世もありける身ながら、人の忍びがたく飽かぬことにするもの思ひ離れぬ身にてや止みなむとすらむ。あぢきなくもあるかな」

 

 (こうして、世間によくある話として集められた昔物語にも、誠実でない男、色好みの男、浮気な男にかかわった女、こんな話をたくさん集めたものにも、ついには頼りになる人がいらっしゃるようです。わたくしは、見苦しく落ち着くことなかった有様ですね。事実、あのお方が仰せになったように、人より恵まれた宿世である身ながら、女の堪えがたく不満な気持ちである物思いの離れぬ身で終わりとなるのでしょうか。はかないものですね。)

 

 ※「あめり」は、~のようであるの意

動詞「あり」(ラ行変格活用)の連体形「ある」+推定の助動詞「めり」、「あるめり」の撥(はつ)音便「あんめり」の「ん」が表記されない形

→この後発病する。