30帖『藤袴(ふぢばかま)』

巻名は、玉鬘と同じ喪服を着た夕霧が藤袴を差し入れて詠む歌に拠る

《和歌》「同じ野の 露にやつるる 藤袴 あはれはかけよ かことばかりも」(夕霧)

 (同じ祖母の死を悲しんで身をやつす私たちではありませんか。やさしいお言葉を聞かせてください。ほんの申し訳でも。)

 

《和歌》「尋ぬるに はるけき野辺の 露ならば 薄紫や かことならまし」(玉鬘)

 (お尋ねになってみて、あなたとはご縁の遠い間柄だったならば、この花の薄紫は格好の口実でもありましょうが)

 ※「薄紫」に「紫のゆえ」(血縁)に意 を響かせる。こうして源氏の許にいるのだから、実の姉弟にも等しいではないか。求愛を退ける意。

 

◇光源氏37歳秋◇

<物語の流れ>

   玉鬘 →夕霧と同じ養母(祖母三条の大宮)は『行幸』の後、死去 →夕霧と同じく喪服姿 →入内、尚侍(ないしのかみ)

   髭黒の大将・・・右大将、妹は朱雀院の承香殿の女御、北の方は式部卿の宮(藤壺中宮の兄、紫の上の父)の娘(正室の子、紫の上は側室按察使大納言の娘)、二人の間に男子2名女子1名 →玉鬘に求愛

 

<書き出し>

「尚侍(ないしのかみ)の御宮仕へのことを、誰(たれ)れも誰れもそそのかしたまふも、いかならむ、親と思ひきこゆる人の御心だに、うちとくまじき世なりければ、ましてさやうのまじらひにつけて、心よりほかに便(びん)なきこともあらば、 中宮も女御も、かたがたにつけて心おきたまはば、はしたなからむに、わが身はかくはかなきさまにて、いづかたにも深く思ひとどめられたてまつれるほどもなく、浅きおぼえにて、ただならず思ひ言ひ、いかで人笑へなるさまに見聞きなさむと、うけひたまふ人々も多く、とかくにつけて、やすからぬことのみありぬべきを、ものおぼし知るまじきほどにしあらねば、さまざまに思ほし乱れ、人知れずもの嘆かし。」

 

 (尚侍として御宮仕えされることを、どなたもが勧められるにしても、どうしましょうか、親とお頼み申し上げる人の御心さえ、気を許せない状態になっているので、まして宮中に出仕するにしても、意に反して不都合なことでもあったら、中宮(秋好中宮)も女御(弘徽殿女御)も、それぞれ方々に気に掛けられたら、きまり悪いであろうから、吾が身はこのように儚いありさまで、どちらの方(養父光源氏、実父内大臣)にも深く思っていただく縁もなく、(世間からも)軽く見られて、あれこれ意味ありげに取り沙汰され、どうにかして物笑いの種にしようと、呪っておられる方々も多く、何かにつけて、不愉快なことばかりあるに違いないのに、物事を御理解できないという年頃でもありませんので、いろいろ思い悩まれて、人知れず憂鬱な気分でいます。)

 

 ※「まじらひ」は、虹彩、付き合い、宮仕え、の意

 ※「思(おも)ひ知る」は、十分理解する、身に染みて知る、の意→「思(おぼ)す」は、「思ふ」の尊敬語

 ※「まじ」は、打ち消し推量の助動詞{(まじく)まじから/まじく・まじかり/まじ/まじき・まじかる/まじけれ/―}、~でないであろう、~できそうにない、の意

 ※「もの嘆かし」は、形容詞、何とはなしに嘆かわしい、憂欝な気分である、の意