26帖『常夏(とこなつ)』

巻名は、内大臣(元頭の中将)の語った雨夜の品定め以来の縁を思い、「常夏の花」に寄せて交わされた歌に拠る

《和歌》「なでしこの とこなつかしき 色を見ば もとの垣根を 人や尋ねむ」(光源氏)

 (撫子のいつ見ても心ひかれる色ー美しいあなたにお会いになったら、その人(内大臣)はきっと母上の行方をお尋ねになるでしょう)

 ※「とこなつかし」つねになつかしい。「とこなつ」は撫子の別名。

 

《和歌》「山賤(やまがつ)の 垣ほに生ひし 撫子の もとの根ざしを 誰れか尋ねむ」(玉鬘)

(山賤の垣根に生いた撫子の母のことまで誰が尋ねて下さいましょうか)

 ※「山賎」は、木こりや猟師など山里に住む身分の低い人、その粗末な家のこと

 

◇光源氏36歳夏◇

<物語の流れ>

   内大臣 →光源氏と張り合いながら娘のことで悩む

   雲居の雁・・・内大臣(頭の中将)の実娘、母親は再婚して按察使大納言の北の方に →祖母大宮が夕霧(光源氏と葵の上の実子、葵の上は頭の中将の実妹)と一緒に養育

   近江の君・・・内大臣(頭の中将)の妾腹の娘、内大臣家に迎えられるが、はしたなさにあきれられる →弘徽殿の女御の下に女房として出仕

 

<書き出し>

「いと暑き日、東(ひむがし)の釣殿(つりどの)に出でたまひて涼みたまふ。中将の君もさぶらひたまふ。親しき殿上人(てんじゃうびと)あまたさぶらひて、西川よりたてまつれる鮎(あゆ)、近き川のいしぶしやうのもの、御前(おまへ)にて調(てう)じて参らす。例の大殿(おほいとの)の君達(きむだち)、中将の御あたり尋(たづ)ねて参りたまへり。「さうざうしくねぶたかりつる、折よくものしたまへるかな」とて、大御酒(おほみき)参り、氷水(ひみづ)召して、水飯(すいはん)など、とりどりにさうどきつつ食(く)ふ。」

 

 (たいへん暑い日、(六条院の南の町の東にある)釣殿に出られて涼まれます。中将の君(夕霧)も参上されております。親しい殿上人もたくさん参上されて、西川(桂川を管理する右衛門府)より献上される鮎、近い川(中川、賀茂川)のいしぶし(はぜに似た小魚)を、御前にて調理して差し上げます。例の内大臣のご子息たちも、中将(夕霧)のいらっしゃる所を尋ねて参上されました。「退屈で、眠かったのに、折りよくいらっしゃいましたね」とて、酒をお飲みになり、氷水を召し上がり、水飯を、それぞれはしゃぎながら食べられました。)

 

 ※「ものす」は、自動詞サ行変格活用、いる、ある、行く、来る、生まれる、死ぬ、などに相当する代動詞(英語の”do”に相当)、「ものし給ふ」で「いらっしゃる」の意

 ※「水飯(すいはん」は、「乾し飯(いひ)」のこと、または、飯を冷水にひたしたもの、[季語]夏