22帖『玉鬘(たまかづら)』  玉鬘十帖(~真木柱)

巻名は、夕顔の忘れ形見を引き取ったときの光源氏の歌による。

《和歌》「恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら いかなる筋を 尋ね来つらむ」(光源氏)

 (亡き夕顔を恋しく思い続ける自分は昔のままだが、この娘はどのような縁に引かれて自分の元に頼って来たのだろうか)

 ※「玉かづら」は「鬘(かづら・かもじ)の美称。「絶えぬ」にかかる枕詞、「筋」に、絶えぬ筋の意が込められる。「筋」(毛筋)は「玉かづら」の縁語。

 

◇光源氏35歳◇

<物語の流れ>

    玉鬘・・・夕顔の忘れ形見、頭の中将との娘 →夕顔死後、乳母とともに筑紫へ →成人(二十歳程)、強引な求婚を逃れて、乳母と共に京へ →長谷寺へ参詣

      『源氏物語』の後半にも登場して、時の流れを伝える重要人物

    夕顔の侍女右近 →夕顔死去の後、源氏の下に →長谷寺で夕顔の娘の一行と邂逅

    光源氏 →夕顔の娘を六条院に引き取り、花散里が養母に

 

<書き出し>

「年月隔(へだ)たりぬれど、飽かざりし夕顔を、つゆ忘れたまはず、心々なる人のありさまどもを、見たまひかさぬるにつけても、あらましかばと、あはれにくちおしくのみおぼし出づ。右近は、何の人数(ひとかず)ならねど、なほその形見と見たまひて、らうたきものに思したれば、古人(ふるひと)の数につかうまつり馴れたり。須磨の御うつろひのほどに、対(たい)の上の御方に、皆人々聞こえわしたまひしほどより、そなたにさぶらふ。心よくかいひそめたるものに、女君(をんなぎみ)もおぼしたれど、心のうちには、故君(こぎみ)ものしたまはましかば、明石の御方ばかりのおぼえには劣りたまはざらまし。さしも深き御心ざしなかりけるをだに、おとしあぶさず、取りしたためたまふ御心長さなりければ、まいて、やむごとなき列(つら)にこそあらざらめ、この御殿(との)うりの数のうちには交じらひたまひなまし、と思ふに、飽かず悲しくなむ思ひける。」

 

 (年月は経ったが、いとおしい思いの尽きなかった夕顔のことを、(光源氏は)いささかもお忘れすることなく、人それぞれに異なる性格を、次々にお知りになるにつけても、(夕顔が)生きていたらなあと、悲しく残念でたまらない気持ちで思い出されるのです。右近は、何ほどの者でもないが、それでも夕顔の形見と思われて、御目を掛けていらっしゃるので、古参の女房の一人として、よくお仕えしています。須磨に御退居されたときに、対の上の御方(紫の上)に女房たちを皆お仕え申し渡されてから、そちらに仕えています。気立てはよく控え目な女房に、女君(紫の上)も思われていましたが、(右近は)心の内に、亡き姫君(夕顔)がもし生きていらしたなら、明石の御方くらいのお扱いに劣られることはなかったでしょうに。さほど深い愛着を持っておられない方でさえも、お見捨てにならず、お世話なさる心の変わることのない方なので、ましてや、いうまでもなく、身分の高い方々と同列というわけにはいかないが、この御殿(六条院)に移られた方の仲間には入られたであろうと、思うと、いつまでも悲しく思うのでした。)

 

 ※「物(もの)す」は、自動詞サ行変格活用、~いる、ある、の意

 ※「まし」は、反実仮想の助動詞、~もし~であったなら、~であろうに、の意

 ※「なま-し」は、完了(確述)の助動詞「ぬ」の未然形「な」+反実仮想の助動詞「まし」、[前に仮定条件を伴って]きっと~してしまったであろうに、の意[事実と反することを仮想する]

 

<歳暮に紫の上が各夫人に衣類を振り分ける場面>

 紅梅のいと紋浮きたる葡萄染の御小袿、 今様色のいとすぐれたるとは、かの(紫の上自身)御料。 桜の細長に、つややかなる掻練取り添へては、姫君(明石の姫君)の御料なり。

 浅縹(あさはなだ)の海賦(かいふ)の織物、織りざまなまめきたれど、匂ひやかならぬに、いと濃き掻練具して、夏の御方(花散里)に。

曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対(玉鬘)にたてまつれたまふを、上は見ぬやうにて思しあはす。「内の大臣(頭の中将)の、はなやかに、あなきよげとは見えながら、なまめかしう見えたる方のまじらぬに似たるなめり」と、げに推し量らるるを、色には出だしたまはねど、殿見やりたまへるに、ただならず。

「いで、この容貌のよそへは、人腹立ちぬべきことなり。よきとても、物の色は限りあり、人の容貌は、おくれたるも、またなほ底ひあるものを」
 とて、かの末摘花の御料に、柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れるも、いとなまめきたれば、人知れずほほ笑まれたまふ。

 梅の折枝、蝶、鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に、濃きがつややかなる重ねて、明石の御方(明石の姫君の母、明石の上)に。思ひやり気高きを、上はめざましと見たまふ。

 空蝉の尼君に、青鈍の織物、いと心ばせあるを見つけたまひて、御料にある梔子(くちなし)の御衣、聴(ゆる)し色なる添へたまひて、同じ日着たまふべき御消息聞こえめぐらしたまふ。