第12帖『須磨(すま)』

光源氏が政敵から地位を追われ、東宮や家族に累が及ぶことを恐れて自ら隠退することを決める。巻名は隠退の地の名。

 

◇光源氏26歳春~27歳春◇

   光源氏 →京を離れて須磨へ隠退、京にいる紫の上、藤壺、朧月夜、六条御息所と歌を交わす。

 

《和歌》「しほたるる ことをやくにて 松島に 年ふるあまも なげきをぞ積む」(藤壺)

 (涙に濡れますのを仕事にして、尼の私も嘆きを重ねております)

  ※「なげき」は「投げ木」(藻塩を焼く薪)と「嘆き」との掛詞。「やく」に「役」と「焼く」とを掛けて「海士」の縁語。

 

《和歌》「浦にたく あまだにつつむ 恋なれば くゆるけぶりよ 行くかたぞなき」(尚侍、朧月夜)

 (須磨の浦に塩を焼く海士さえ人には隠す恋ですから大勢の人目を憚(はばか)ってふすぶる私の思いは晴らしようがありません)

 ※「あまだに」に「数多(あまだ)に」(大勢の人に)、「恋(こひ)」の「ひ」の「火」を掛ける。

 

<書き出し>

「世の中、いとわづらはしく、はしたなきことのみまされば、せめて知らず顔にあり経ても、これよりまさることもやとおぼしなりぬ。
 かの須磨は、昔こそ人の住処(すみか)などもありけれ、今は、いと里離れ心すごくて、海士(あま)の家だにまれに、など聞きたまへど、人しげく、ひたたけたらむ住まひは、いと本意なかるべし。さりとて、都を遠ざからむも、故郷(ふるさと)おぼつかなかるべきを、人悪くぞおぼし乱るる。」

 

 (世間の情勢が大層煩わしく、(光源氏にとって)具合の悪いことばかりが増えていくので、「あえて知らん顔をして時を過ごしていても、これ以上ひどいことにもなるかましれない」と思われた。
「あの須磨は、昔こそ人の住居もあったが、今は人里離れてもの寂しくて、海人の家さえ稀になっている」などと聞いていらっしゃるが、「人が多く、雑然としているような住まいは、大いに本意に適わないであろう。かといって都を遠ざかるのも、故郷が気掛かりになるであろう」と人目によくないほど思い悩まれていました。)

 

 ※「も-や」は、係助詞「も」+疑問の係助詞「や」、軽い疑問を表わす、~かもしれない、の意

 

【登場人物】

 明石の入道(あかしのにふだう)

  父は、桐壺の更衣の父按察使の大納言と兄弟、近衛中将(三位中将)の官職を捨て地方官(播磨守)として財を築き、出家、娘の良縁を住吉明神に祈願、須磨に隠遁していた光源氏を明石に迎え結婚に導く。光源氏が帰京することに合わせて、娘(明石の君)、孫(明石の姫君)、妻(明石の尼君)を京に送り、一人残る。