4帖『夕顔(ゆふがほ)』

巻名は、光源氏と夕顔との歌の遣り取りによる。

《和歌》「心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕顔の花」(夕顔)

(当て推量ながら、源氏の君かと存じます。白露の光に美しい夕顔の花、光り輝く夕方のお顔は)

 ※外に居るのは源氏、夕顔の期待する相手の頭の中将ではないが。白露は気品のある男のこと。「夕顔」で人の顔を暗に示し、「光そへたる」の「光」で「光る君」と察していることを匂わせている。

 

《和歌》「寄りてこそ それかもと見め 黄昏に ほのぼのの見る 花の夕顔」(光源氏)

 (もっと近寄って、誰だかはっきり見たらどうでしょう、夕暮れ時に仄かに見る夕顔を)

 ※源氏の返歌、「見め」の「め」は、意志・勧誘の「む」の連体形

近寄って確かめてみないか、親しく付き合ってみないかと誘いかける歌。

 

◇光源氏17歳秋~冬◇このとき夕顔(19歳)

<物語の流れ>

   光源氏 →惟光の手引きで「常夏の女」と思われる女と逢う →常夏の女は霊に憑りつかれ急死 →頭の中将に内緒で葬儀を行なう →一人娘はゆくえ知れずに

 

<書き出し>

「六条わたりの御忍びありきのころ、内裏(うち)よりまかでたまふ中宿(なかやどり)に、大弐(だいに)の乳母(めのと)のいたくわづらひて尼になりにける、とぶらはむとて、五条なる家尋ねておはしたり。
 御車入るべき門(かど)は鎖(さ)したりければ、人して惟光(これみつ)召させて、待たせたまひけるほど、むつかしげなる大路(おほち)のさまを見わたしたまへるに、この家のかたはらに、檜垣(ひがき)といふもの新しうして、上(かみ)は半蔀(はじとみ)四五間(けん)ばかり上げわたして、簾(すだれ)などもいと白う涼しげなるに、をかしき額つきの透影(すきかげ)、あまた見えてのぞく。立ちさまよふらむ下(しも)つかた思ひやるに、あながちにたけ高きここちぞする。いかなる者の集(つど)へるならむと、やうかはりておぼさる。」

 

 (六条の辺りをお忍びでお通いであったころ、内裏から退出される途中で休息して、大弐の乳母がひどく患って尼になってしまったので、見舞おうと五条の家を訪ねられました。
 御車が入る正門は鍵が下ろしてあるので、供の者に惟光を呼ばせられて、待たせられる間、むさくるしい大路の様子を見渡されていると、この家の隣りに檜の下見板を新しくして、上は小さな蔀(しとみ)を四五間ばかり吊り上げて、簾も真新しく涼しげにしている所に、美しい額ぎわの隙間影がたくさん見えてこちらを覗いている。立って歩き廻るらしい下の方を想像するに、やたらに背が高い感じがします。どのような者たちが集まっているのであろうと、変わった家であると思われる。)

 

<帚木三帖>

『帚木』『空蝉』『夕顔』の三部作は「雨夜(あまよ)の品定め」に始まった光源氏の「中の品」に目を遣る展開が語られ、夕顔の急死、空蝉が夫とともに地方へ去ることで一段落。この後登場してくる末摘花、明石の君など『源氏物語』を展開していく女主人公に高貴な女ばかりでないもう一方の伏線。

 

<光源氏と空蝉の義理の娘軒端の荻>

《和歌》「ほのかにも 軒端の荻を 結ばずは 露のかことを 何にかけまし」(光源氏)

 (一夜の逢瀬にしろ、契りを結んでおかなかったら、ほんの少しばかりの恨み言も、何にかこつけて言えましょうか)

 

《和歌》「ほのめかす 風につけても 下荻の 半ばは霜に むすぼほれつつ」(軒端荻(のきばのおぎ))

(あのことをほのめかされるお便りにつけても、荻の下葉が霜にあたってしおれているように、(賎しい身にはまれのお尋ねがうれしいながら)なかばは思い萎れているのでございます)

 

【登場人物】

 夕顔(ゆふがほ)

  重要人物、父は三位の中将、頭の中将の愛人、娘(後の玉鬘)がいるが、光源氏と関係を持ち、六条御息所(ろくでふのみやすどころ)の生霊(いきりよう)に悩まされ、急死

 侍女に「右近」がいる。

 ※「右近」・・・母は夕顔の乳母、母と死別して夕顔の父三位中将が養父となる。夕顔死去の後、光源氏の侍女となり、後日初瀬に詣でに出向いた際に夕顔の娘(玉鬘)と偶然再会する。

 

 六条御息所(ろくでうのみやすんどころ)

  桐壺帝の弟である前東宮(前坊)の后、教養、知性あり、美しく気高く、その矜恃の裏で嫉妬深い。関係を持った光源氏も遠のいていく。一人娘が朱雀帝時代伊勢神宮の斎宮になり、ともに伊勢に下向、帰京して死去直前に娘を光源氏に託す。娘は後の冷泉帝の梅壷の女御、そして秋好中宮(あきこのむちゆうぐう)となる。

 

 惟光(これみつ)

  大弐の乳母の子、源氏とは乳兄弟、長きに亙り光源氏の臣下、全編通じて「藤原」の姓の記載はない。藤原惟光とされる→娘藤典侍が夕霧の妻になる(『藤裏葉』)

 

 大弐の乳母(たいにのめのと)

  惟光の母、光源氏の乳母