<和歌>源氏物語和歌/現代口語訳全795首

 

第36帖『柏木(かしはぎ)』11首

501「今はとて 燃えむ煙も むすぼほれ 絶えぬ思ひの なほや残らむ」(柏木)

 (今となれば燃える(私の荼毘の)煙も解けなくなるほどしっかりからみついて、絶えることのない(あなたへの)思いがなおも(この世に)残るでしょう)

 ※「結(むす)ぼほる」は、解けなくなるほど、しっかりと結ばれる、からみつくの意

◆My thoughts of you: will they stay when I am gone Like smoke that lingers over the funeral pyre?

 

502「立ち添ひて 消えやしなまし 憂きことを 思ひ乱るる 煙比べに」(女三の宮)

 (一緒に立ち昇って消えてしまいたい思いです、心乱れる煙の競いに)

 ※「し」は、強意の副助詞、体言、活用語の連用形・連体形、副詞、助詞に付く、「煙(けぶり)比べ」は、煙を恋の炎からたつ煙に見立てて恋心の強さを比べ合うこと

◆I wish to go with you, that we may see Whose smoldering thoughts last longer, yours or mine.

 

503「行方(ゆくゑ)なき 空の煙と なりぬとも 思ふあたりを 立ちは離れじ」(柏木)

 (行方も知らぬ大空の煙となってしまいましょうとも、思いを寄せるお方の側を離れることのないようにしましょう)

 ※「じ」は、打消推量の助動詞「じ」、終止形・連体形・已然形とも「じ」であるが、已然形は、係助詞「こそ」の結びに限られ、用例も稀(まれ)。この場合のように主語が一人称の場合には[打消の推量]の意味に、二人称、三人称の場合には[打消の意志]の意味になること多し。

◆As smoke I shall rise uncertainly to the heavens, And yet remain where my thoughts will yet remain.

 

504「誰が世にか 種は蒔きしと 人問はば いかが岩根の 松は答へむ」(光源氏)

 (いつ、誰が種をまいたのかと人が尋ねましたら、岩の上に育った松は何と答えるのでしょうか)

 ※「岩根の松」は歌語、ここは若君(女三の宮の産んだ柏木との子、後の薫の大将)を指す

◆Should someone come asking when the seed was dropped, What shall it answer, the pine among the rocks?

 

505「時しあれば 変はらぬ色に 匂ひけり 片枝枯れにし 宿の桜も」(夕霧)

 (季節が廻れば、変わらぬ色に咲いていることです、片方の枝(柏木)の枯れてしまったこのお邸の桜(落葉の宮)も)

◆Although a branch of this cherry tree has withered, It bursts into new bloom as its season comes.

 

506「この春は 柳の芽にぞ 玉はぬく 咲き散る花の 行方知らねば」(御息所、落葉の宮の母)

 (今年の春は、柳の芽に露の玉を貫くように(涙にくれて)咲いて散る桜の行方(落葉の宮)も分かりませんので)

◆The willow shoots this spring,not knowing where The petals may have fallen,are wet with dew.

 

507「木の下の 雫に濡れて さかさまに 霞の衣 着たる春かな」(致仕の大臣、柏木の父)

 (木の雫に濡れて(悲しみの涙に濡れそぼって)、逆に(親が子が逆に喪に服して)露の衣(鈍色の服)を身につけている春であることよ)

 ※致仕(ちじ)の大臣・・・大臣など官職を辞した人であることを表わす意で、ここでは元頭の中将のこと

◆Drenched by the fall from these trees, I mourn for a child Who should in the natural order have mourned for me.

 

508「亡き人も 思はざりけむ うち捨てて 夕べの霞 君着たれとは」(夕霧)

 (亡き人も思ってもみなかったでしょう、置き去りにして(先立って)、夕べの露(喪服)をあなたに着けていただこうとは)

 ※「けむ」は、過去の推量の助動詞、四段型活用、連用形接続、~したであろうの意

◆I doubt that he who left us wished it so, That you should wear the misty robes of evening.

 

509「恨めしや 霞の衣 誰れ着よと 春よりさきに 花の散りけむ」(弁の君)

 (恨めしいことです、霞の衣(喪服)を誰か着るように思って、春より先に花は散ってしまったのでございましょうか)

 ※「弁の君」・・・柏木の乳母の娘、宇治の八の宮一族に仕える女房、柏木の最期を知るのは、女三の宮に仕える小侍従と二人のみ

◆Bitter, bitter―whom can he have meant To wear the misty robes ere the advent of spring?

 

510「ことならば 馴らしの枝に ならさなむ 葉守の神の 許しありきと」(夕霧)

 (どうせのことなら、この連理の枝のように、慣れ親しくしていただきたい、葉守の神のお許しがあったこととおぼしめして)

 ※「馴らしの枝」は、「連理の枝」の暗示、類推であり、この意味を持つわけではない。「葉守の神」とは、樹木に宿って、それを護り、葉を茂らせる神、殊に柏、楢の木に宿ると云われる。

 ※夕霧が一条の宮邸(落葉の宮の母の自邸)を訪れたときに、

「柏木と楓との、ものよりけに若やかなる色して、枝さし交はしたるを、『いかなる契りにか、末逢へる頼もしさよ』などのたまひて、忍びやかにさし寄りて」(柏木と楓との、一段と若い色で、枝を差し交すのを、「どのような縁があるのか、末に逢える頼もしさです」など仰って、秘かに寄って)この歌を詠む。

 ※「枝を交はす」は「連理の枝」の意訳、「連理」とは、一つの枝が他の枝と連なって理(木目)が通じた様のこと、吉兆とされ、「縁結び」「夫婦和合」などの象徴として信仰の対象となる。

 ☞白居易『長恨歌(ちょうごんか)』「天に在りては願はくは比翼の鳥となり、地に在りては願はくは連理の枝とならむ」にて広く知れ渡る。

◆By grace of the tree god let the branch so close To the branch that withered be close to the branch that lives.

 

511「柏木に 葉守の神は まさずとも 人ならすべき 宿の梢か」(御息所、柏木の母)

 (柏の木に神はいらっしゃらなくても、ほかの人を馴らしてよい(近づけてよい)宿の木の梢でありましょうか)

 ※「坐(ま)す」は、自動詞 サ行四段活用(さ/し/す/す/せ/せ)、いらっしゃる「あり」の尊敬語

 ※「と-も」は、接続助詞、動詞型・形容動詞型活用語の終止形、形容詞型活用語および打消の助動詞「ず」の連用形に付く。中世以降、動詞型・形容動詞型活用語の連体形にも付く。

〔逆接の仮定条件〕たとえ~しても

 ☞「千年(ちとせ)を過ぐすとも、一夜(ひとよ)の夢の心地こそせめ」<徒然草 七>

(たとえ千年を過ごしたとしても、(たった)一夜の夢の(ように短い)気がするだろう)

〔既定の事実を仮定の形で強調〕確かに…ているが、たとえ…でも

 ☞「かくさし籠(こ)めてありとも、かの国の人来(こ)ば、皆開(あ)きなむとす」<竹取物語 かぐや姫の昇天>

 (たとえこのように(私を)中に閉じこめていても、あの国(=月の世界)の人が来たら、(戸が)すべて開いてしまうだろう)

◆There may not be a god protecting the oak. Think not, even so, its branches of easy access.