<和歌>源氏物語和歌/現代口語訳全795首

 

第18帖『松風(まつかぜ)』16首

283「行く先を はるかに祈る 別れ路に 堪へぬは老いの 涙なりけり」(明石の入道)

 ((姫君の)将来をはるかにお祈りする旅の別れに、堪え切れないのはこの年寄りの涙でした)

◆The old weep easily. and I am weeping As I pray that for her the happy years stretch on.

 

284「もろともに 都は出で来 このたびや ひとり野中の 道に惑はむ」(尼君)

 (ご一緒に都を出たのでしたが、今度の旅は、ひとりあてどない野中に道に途方に暮れることでしょう)

 ※「尼君」・・・明石の入道の妻、明石の君の母

◆Together we left the city. Alone I return, To wander lost over hill and over moor?

 

285「いきてまた あひ見むことを いつとてか 限りも知らぬ 世をば頼まむ」(明石の君)

 (生きて再びお会いするのはいつのことやら、その時も知らぬ将来をあてにするのでしょうか)

 ※「頼まむ」の「む」は、推量の助動詞「む」(―/―/む/む/め/ー)で、疑問の係助詞「か」を受けて連体形「む」

◆When do you say that we shall meet again, Trusting a life that is not ours to trust?

 

286「かの岸に 心寄りにし 海人舟の 背きし方に 漕ぎ帰るかな」(尼君)

 (彼岸の浄土に思いを寄せていた海人の舟(尼の私)が、捨てた場所(京)に漕いで帰ります)

◆I want to be a fisherwife upon A far, clean shore, and now my boat turns back.

 

287「いくかへり 行きかふ秋を 過ぐしつつ 浮木に乗りて われ帰るらむ」(明石の君)

 (いくたび去ってはまた来る秋を(この明石の浦に)過ごした末、浮き木(頼りない舟)に乗ってどうして私は帰るのでしょうか)

 ※「らむ」は、現在の原因推量の助動詞「らむ」、どうして~なのであろうか、の意

◆How many autumns now upon this strand? So many, why should this flotsam now return?

 

288「身を変へて 一人帰れる 山里に 聞きしに似たる 松風ぞ吹く」(尼君)

(身を変えて一人帰ってきた山荘に、昔聞いたものに似ている松風が吹いていることです)

 ※「身を変えて」は、生を変えての意。以前と違った姿になって(尼になって)、ひとり帰ってきたこの山里に、明石の浦で聞いたのとそっくりの松風が吹くこと

 ※「帰れる」は、「帰る」(自動詞四段活用 ら/り/る/る/れ/れ)の已然形「帰れ」+完了の助動詞「り」(四段、サ変の命令形接続/四段の已然形、サ変の未然形)の連体形「る」

◆I have returned alone, a nun, to a mountain village, And hear the wind in the pines of long ago.

 

289「故里に 見し世の友を 恋ひわびて さへづることを 誰れか分くらむ」(明石の君)

 (昔の山荘で、昔の世の知り人を恋しく思うあまりに、弾く(田舎びた)琴の音を、誰がそれと聞き分けるでしょうか)

◆I long for those who know the country sounds, And listen to my koto, and understand.

 

290「住み馴れし 人は帰りて たどれども 清水は宿の 主人顔なる」(尼君)

 (住みなれた人は帰って来て昔と辿ってけれども、湧き出る水はこの家の主の顔をして(昔ながらの音を立てて)おります)

◆The mistress, long gone, is lost upon her return To find that the brook has quite usurped her claims.

 

291「いさらゐは はやくのことも 忘れじを もとの主人や 面変はりせる」(光源氏)

 (ささやかな泉は以前のことを忘れないでしょうが、(影に映る)昔の主人が(尼になって)面変わりしているからでしょうか(素知らぬ振りしていますね))

 ※「いさら井(ゐ)」は、水の少ない井戸、泉、流れの少ない鑓水(やりみず)のこと

◆Clean waters, bringing back the distant past To one who comes to them in somber habit.

 

292「契りしに 変はらぬ琴の 調べにて 絶えぬ心の ほどは知りきや」(光源氏)

 (約束したとおりに今も変わらぬ琴の調べで、思い続けた心のほどは分かったでしょうか)

◆Unchanged it is when now we meet again. And do you not see changelessness in me?

 

293「変はらじと 契りしことを 頼みにて 松の響きに 音を添へしかな}(明石の君)

 (変わりはせぬとお約束なさったことを頼みとして、松風の音に音を添えて(泣いて)いました)

◆Your promise not to change was my companion. I added my sighs to those of the wind in the pines.

 

294「月のすむ 川のをちなる 里なれば 桂の影は のどけかるらむ」(冷泉帝)

 (月の澄む川向こうの山里なので、桂の影はさぞのどかなものでしょう)

 ※「月のすむ川」とは桂川のこと、月に桂の大樹があるという中国の伝説の基づく、「桂の影」は、月の光のこと

 ※光源氏は、この頃二条院に東院を増築、明石の君を呼び寄せようとしたが、明石の君は身分を気にして、母方祖父の大井川の山荘に移る。源氏はここに通うため「桂の院」(紫の上の嫉妬の対象となる)を造営する。

◆Cleaner, more stately the progress of the moon Through regions beyond the river Katsura.

 

295「ひさかたの 光に近き 名のみして 朝夕霧も 晴れぬ山里」(光源氏)

 (遠き彼方からの月の光に近いという名ばかりで、朝霧夕霧の晴れ間もない山里でございます)

 ※「ひさかたの」は、枕詞、「天(あま)・(あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」、「都」に掛かるが、語義・掛かる理由は未詳とされる

◆It is not true to its name, this Katsura. There is not moon enough to dispel the mists.

 

296「めぐり来て 手に取るばかり さやけきや 淡路の島の あはと見し月」(光源氏)

 (月もめぐり(自分も都に帰ってきて)、手に取るほどにくっきり見える、淡路の島を望んで遥かに遠き見たのと同じ月なのであろうか)

 ※「あはと見る」・・・『明石』第四首光源氏の歌

◆So near and clear tonight, is it the moon Of far Awaji? We both have come back.

 

297「浮雲に しばしまがひし 月影の すみはつる夜ぞ のどけかるべき」(頭の中将)

 (浮雲にしばらく姿を隠した月の光が美しく澄み切った今宵は、いつまでものどかなことでしょう)

 ※須磨、明石に流浪したが、都に帰って末永く政権の座にあるであろう源氏を称えた歌

◆All should now be peace. Then lost in clouds The moon sends forth again its radiance.

 

298「雲の上の すみかを捨てて 夜半の月 いづれの谷に かげ隠しけむ」(左大弁)

 (天上の住まいを捨てて夜半の月(亡き桐壷院)はどこの谷にお姿をお隠しになったのであろう)

 ※「雲の上のすみか」は、宮中のこと

◆The midnight moon should still be in the heavens. Gone is its radiance―-hidden in what valley?