<和歌>源氏物語和歌/現代口語訳

 

第10帖『賢木(さかき)』33首

133「神垣は しるしの杉も なきものを いかにまがへて 折れるさかきぞ」(六条御息所)

 (ここ野の宮の神垣には、(三輪山のような)人を導く目印の杉もありませんのに、どう間違えてお折りになった榊なのでしょう)

◆You err with your sacred tree and sacred gate. No beckoning cedars stand before my house.

 

134「少女子(をとめこ)が あたりと思へば 榊葉の 香りをなつかし みとめてこそ折れ」(光源氏)

 (神に奉仕する少女(おとめ)のいる当たりだと思ったので榊葉の香が懐かしく、わざわざ探し求めて折ったのです)

◆Thinking to find you here with the holy maidens, I followed the scent of the leaf of the sacred tree.

 

135「暁の 別れはいつも 露けきを こは世に知らぬ 秋の空かな」(光源氏)

 (暁の別れは、いつも涙の露に濡れていましたが、今朝はまたこれまで経験したこともない(悲しい)秋の空です)

◆A dawn farewell is always drenched in dew, But sad is the autumn sky as never before.

 

136「おほかたの 秋の別れも 悲しきに 鳴く音な添へそ 野辺の松虫」(六条御息所)

 (そもそも秋の別れと言うだけでも悲しいのに、(さらに悲しくなる)鳴く音を添えてくれるな、野辺の松虫よ)

◆An autumn farewell needs nothing to make it sadder. Enough of your songs, O crickets on the moors!

 

137「八洲もる 国つ御神も 心あらば 飽かぬ別れの 仲をことわれ」(光源氏)

 (八島を守っておられる国つ神も、思い遣りがおありであるなら、尽きぬ思いの別れをしなければならぬ二人の仲(六条御息所との)の是非をお決めください)

 ※「事割る」で、ことの是非、優劣などを筋道だてて判断する、の意。現代語のように拒絶、辞退の意味はない。①判断する、判定する、批評する ②説明する、説き明かす、③前もって了解を得る、ことわる

◆If my lady the priestess, surveying her manifold realms. Has feelings for those below, let her feel for me.

 

138「国つ神 空にことわる 仲ならば なほざりごとを まづや糾(ただ)さむ」(斎宮)

 (国つ神がも空からお二人の仲を判定されるのでしたら、実意のないお言葉を、まず先におただしになりましょう)

 ※「斎宮」は、伊勢に下る六条御息所の娘、後の秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)のこと

 ※「糾」(あざなう)は「糺」(ただす)の異体字

◆If a lord of the land is watching from above. This pretense of sorrow will not have escaped his notice.

 

139「そのかみを 今日はかけじと 忍ぶれど 心のうちに ものぞ悲しき」(六条御息所)

 (その昔のことを心に掛けまいと堪えておりますけれど、心の中では無性に悲しくてなりません)

 ※「其の上(かみ)」は、その頃、話題になった時点をいう

◆Tue things of the past are always of the past. I would not think of them. Yet sad is my heart.

 

140「振り捨てて 今日は行くとも 鈴鹿川 八十瀬の波に 袖は濡れじや」(光源氏)

 (振り捨てて今日お立ちになるとしても、鈴鹿川を渡るとき八十瀬の川波に袖が、お濡れにならないでしょうか(後悔でお泣きにならないでしょうか))

◆You throw me off; but will they not wet your sleeves, The eighty waves of the river Suzuka?

 

141「鈴鹿川 八十瀬の波に 濡れ濡れず 伊勢まで誰れか 思ひおこせむ」(六条御息所)

 (鈴鹿川の八十瀬の川波に袖が濡れるか濡れないか、伊勢に行く先までどなたが思い遣ってくださるのでしょうか)

◆And who will watch us all the way to Ise, To see if those eighty waves have done their work?

 

142「行く方を 眺めもやらむ この秋は 逢坂山を 霧な隔てそ」(光源氏)

 (行く方を(思いを馳せて)眺めていよう、今年の秋は、逢坂山を霧が隠さないでおくれ)

◆I see her on her way. Do not, O mists, This autumn close off the Gate of the Hill of Meeting.

 

143「蔭ひろみ 頼みし松や 枯れにけむ 下葉散りゆく 年の暮かな」(兵部卿の宮)

 (木陰が広いので、頼みにしていた松は枯れてしまったのであろうか、下葉も散ってゆく年の暮れであることだ)

 ※桐壺院が崩御されて、ゆかりの人々も散り散りになってゆく、の意。

 ※「兵部卿の宮」は、先帝の皇子、藤壺中宮の兄、紫の上の父

◆Withered the pine whose branches gave us shelter? Now at the end of the year its needles fall.

 

144「さえわたる 池の鏡の さやけきに 見なれし影を 見ぬぞ悲しき」(光源氏)

 (氷の張りつめた池の、鏡のような面はさやかに澄んでいるのに、長年お見かけした池水に映る影(桐壺院のお姿)を拝することができないのが悲しい)

◆Clear as a mirror these frozen winter waters. The figure they once reflected is no more.

 

145「年暮れて 岩井の水も こほりとぢ 見し人影の あせもゆくかな 」(王命婦)

 (年が暮れて、岩井の水も凍りつき、見馴れていた人影も消えてゆくことでございますのね)

 ※「王命婦(わぅみゃうぶ)」は、藤壺中宮付きの女官

 ※「あせ」は「褪す」の連用形「あせ」、「も」は係助詞(感動を込めた強意)

 ※「褪(あ)す」はサ行下二段活用 せ/せ/す/する/すれ/せよ、池、川の水が浅くなる、色がさめる、あせる、勢いが衰えるの意

◆At the end of the year the springs are silenced by ice. And gone are they whom we saw among the rocks.

 

146「心から かたがた袖を 濡らすかな 明くと教ふる 声につけても」(朧月夜)

 (求めたこと(恋)ゆえに、あれこれと袖を濡らすことです、夜が明けると教える声を聞くにつけても)

 ※「明く」に「飽く」を掛ける、「飽く」には、もう十分に満足する、飽きる、の意あり。

もう充分であると諭す声が聞こえても別れが辛い、の意。

◆They say that it is dawn, that you grow weary. I weep, my sorrows wrought by myself alone.

 

147「嘆きつつ わが世はかくて 過ぐせとや 胸のあくべき 時ぞともなく」(光源氏)

 (嘆きながら一生をこのように過ごせというのであろうか、胸の思いの明ける(晴れる)時とてなくて)

◆You tell me that these sorrows must not cease? My sorrows, my love will neither have an ending.

 

148「逢ふことの かたきを今日に 限らずは 今幾世をか 嘆きつつ経む」(光源氏)

 (お逢いすることの難しさが今日で終わりでないのでしたら、この先(生まれ変わる)幾つも世々を嘆きながら過ごすでしょう)

◆If other days must be as this has been, I still shall be weeping two and three lives hence.

 

149「長き世の 恨みを人に 残しても かつは心を あだと知らなむ」(藤壺)

 (長く幾世にもわたるお恨みを(私に)お残しになるとしましても、一方で(ご自身の)お心はすぐに変わってしまうことを知っていただきたいのです)

 ※「あだ」とは、「徒(あだ)なり」で、儚い、誠実でない(すぐに変わりゆくもの)、の意

 ※「なむ」は、動詞の未然形に接続の場合には、願望の終助詞「なむ」

◆Remember that the cause is in yourself Of a sin which you say I must bear through lives to come.

 

150「浅茅生(あさぢふ)の 露のやどりに 君をおきて 四方の嵐ぞ 静心なき」(光源氏)

 (浅茅に置く霜の(ような儚い)この世にあなたを置いて、四方から吹きつける激しい風の音に(あなたの身の上が案じられて)気が気でありません)

 ◆In lodgings frail as the dew upon the reeds I left you, and the four winds tear at me.

 

151「風吹けば まづぞ乱るる 色変はる 浅茅が露に かかるささがに」(紫の上)

 (風が吹くと真っ先に乱れて枯れて色の変わる浅茅の露にかかっている蜘蛛の糸というものは)

 ※お心の移りやすいあなたを頼みとする私は、落ち着いてはいられません、の意

◆Weak as the spider's thread upon the reeds, The dew-drenched reeds of autumn, I blow with the winds.

 

152「かけまくは かしこけれども そのかみの 秋思ほゆる 木綿欅(ゆふだすき)かな」(光源氏)

 (口に出すのは、恐れ多いのですが、あの時の秋のことが思い出される木綿襷です)

 ※「木綿襷(ゆふだすき)」は、「木綿(ゆふ)」で作った、たすき。白くて清浄なものとされ、神事に奉仕するとき、肩から掛けて袖(そで)をたくし上げるのに用いる。歌では、たすきは肩に掛けて結ぶものであることから「かく」「むすぶ」を導く序詞(じよことば)。

◆The gods will not wish me to speak of them, perhaps, But I think of sacred cords of another autumn.

 

153「そのかみや いかがはありし 木綿欅 心にかけて しのぶらむゆゑ」(斎院)

 (昔、(あなたと私との間には)どういうことがあったと仰せられるのでしょうか、木綿襷までお心にかけて昔をお忍びになるという理由は)

 ※ここの「斎院」とは、桐壺帝時代の賀茂神社の斎院で桐壺帝の皇女、女三の宮、母は弘徽殿の大后

 ※「斎院(さいいん)」は、賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)に奉仕した皇女、賀茂祭(葵祭)を主宰、伊勢神宮の場合には斎宮と呼ばれる

◆Another autumn―what can this refer to? A secret hoard of thoughts of sacred cords?

 

154「九重に 霧や隔つる 雲の上の 月をはるかに 思ひやるかな」(藤壺)

 (幾重にも霧がかかって(私を)隔てているのでしょうか、雲の上(内裏)の月(帝)をはるかにここから想像しているのです)

 ※昔のよううに内裏の月を眺めたいのですが、いろいろ妨げるもの(弘徽殿の大后など)あるので、私は内裏で月を眺めることができません。ただ想像しているだけなのです・・・内裏に行くことさえままならぬ現状を伝えることに思いあり。

◆Ninefold mists have risen and come between us. I am left to imagine the moon beyond the clouds.

 

155「月影は 見し世の秋に 変はらぬを 隔つる霧の つらくもあるかな」(光源氏)

 (月の光はこれまでの秋と変わりませんのに、それを隔てる霧(あなたの心)が恨めしく思われます(よそよそしくなさるあなたが恨めしく思います))

◆The autumn moon is the autumn moon of old. How cruel the mists that will not let me see it.

 

156「木枯の 吹くにつけつつ 待ちし間に おぼつかなさの ころも経にけり」(朧月夜)

 (木枯らしの風が吹くたびに、(お便りが運ばれてくうかと)お待ちしている間に、もどかしい思いの日々が過ぎてしまいました)

◆Anxious, restless days. A gust of wind, And yet another, bringing no word from you.

 

157「あひ見ずて しのぶるころの 涙をも なべての空の 時雨とや見る」(光源氏)

(逢えないで忍んで泣いている時期の涙であるのに、ただ季節の時雨とごらんになるのでしょうか)

◆Deceive yourself not into thinking them autumn showers, The tears I weep in hopeless longing to see you.

 

158「別れにし 今日は来れども 見し人に 行き逢ふほどを いつと頼まむ」(光源氏)

 ((桐壺院に)お別れした今日という日が巡って来ましたが、いつもお会いしていた(亡き)お方に再びお目にかかれる日を、いつと頼ればよいのでしょうか)

◆We greet once more the day of the last farewell, And when, in what snows, may we hope for a day of meeting?

 

159「ながらふる ほどは憂けれど 行きめぐり 今日はその世に 逢ふ心地して」(藤壺)

(生きながらえているうちは辛うございますが、御命日が巡って、今日は院の御代に出会った心地がいたします)

◆To live these months without him has been sorrow. But today seems to bring a return of the days of old.

 

160「月のすむ 雲居をかけて 慕ふとも この世の闇に なほや惑はむ」(光源氏)

 (月の澄む空を心に掛けて、お慕いして(出家するといたしまして)も、この世の闇に(子ゆえの心の闇に)やはり迷うことでしょう)

◆My heart is with her in the moonlight above the clouds, And yet it stays with you in this darker world.

 

161「おほふかたの 憂きにつけては 厭へども いつかこの世を 背き果つべき」(藤壺)

 (この世のおおよその辛さゆえに、世を避けました(出家はいたしました)けれども、いつこの世の執着から抜けることができるでしょうか)

 ※「厭(いと)ふ」は、この世をいとふの形で、世を避ける、出家する、の意

 ※「この」は「子の」に掛ける、光源氏との間に不義の子を持ったということ

◆Though I leave behind a world I cannot endure, My heart remains with him, till of that world.

 

162「ながめかる 海人のすみかと 見るからに まづしほたるる 松が浦島」(光源氏)

 (ここが海人の住む所と、拝見するからに物思いに沈んでおられる松が浦島ですので、何よりも先に涙がこぼれて参ります)

◆Briny my sleeves at the pines of Urashima As those of the fisherfolk who take the sea grass.

 

163「ありし世の なごりだになき 浦島に 立ち寄る波の めづらしきかな」(藤壺)

 (昔の名残さえない浦島にお立ち寄りくださる波とは、珍しいことでございます)

 ※「だに」は、類推の副助詞、~でさえも、の意

 ※「浦島」は藤壺、「波」は光源氏のこと

◆How strange that waves yet come to Urashima, When all the things of old have gone their way.

 

164「それもがと 今朝開けたる 初花に 劣らぬ君が 匂ひをぞ見る」(頭の中将)

 (それもと、今朝咲いたばかりの初花にも劣らぬ君の美しさを拝見しております)

◆I might have met the first lily of spring,he says. I look upon a flower no less pleasing.

 

165「時ならで 今朝咲く花は 夏の雨に しをれにけらし 匂ふほどなく」(光源氏)

 (時節に合わず今朝咲く花は、夏の雨に萎れてしまったらしい、咲き匂う間もなく)

 ※「時」は、右大臣派(弘徽殿の大后)の時代、光源氏派の不遇の時代

◆The plant of which you speak bloomed very briefly. It opened at dawn to wilt in the summer rains.