<和歌>源氏物語和歌/現代口語訳全795首
第08帖『花宴(はなのえん)』8首
101「おほかたに 花の姿を 見ましかば つゆも心の おかれましやは」(藤壺)
(もし、世間の人並みに花の姿(花のような美しいお姿)を拝見するのであれば、露ほどの気遣いを抱くでしょうか、いや抱きはしません(気兼ねなく賞嘆できましたでしょうに))
※「ましか」は、推量の助動詞「まし」[反実仮想](もし~であったら~であろうに、の意)の已然形「ましか」、未然形接続
※「心置く」は、気にかける、気を遣う、気を付けるの意
※「まし」は、ためらいの意志の助動詞、~しようかしらの意、未然形接続
※「やは」は、係助詞[反語]~か、いや~ない、の意
◆Could I see the blossom as other blossoms, Then would there be no dew to cloud my heart.
102「深き夜の あはれを知るも 入る月の おぼろけならぬ 契りとぞ思ふ」(光源氏)
(夜更けの情趣をお分かりになるというのも、ここに入る(加わる)月(私)という並々ならぬ宿縁というものであると存じます)
※第一句、二句は女が口ずさんでいた歌から言ったもの、「入る月の」は、眼前の光景を言い、「月のおぼろ」は、女の誦した「朧月夜」に応じて「おぼろけならぬ」と転じていく。
※「おぼろけなり」は、形容動詞ナリ活用 なら/なり・に/なり/なる/なれ/なれ、下に打消の語や反語表現を伴って、普通だる、並ひととおりである、ありきたりであるの意
◆Late in the night we enjoy a misty moon. There is nothing misty about the bond between us.
103「うき身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 問はじとや思ふ」(朧月夜)
(辛いことの多い身の上がやがて(名乗らずに)消えてしまいましたならば、草の原のこと(草生す墓)を問われない(探し尋ね当てられない)のでしょうかと思います(草生す墓を探し尋ね当てるとは思われないのでしょうか))
※「朧月夜」・・・右大臣の六女、弘徽殿の女御の妹、光源氏との仲が露見して、光源氏の須磨隠遁の原因に。後、朱雀院の許で尚侍(ないしのかみ)となる。
※「憂(う)き身」は、辛いことの多い身の上のこと
※「な-ば」は、完了の助動詞「ぬ」(連用形接続)の未然形「な」+順接の仮定条件の接続助詞「ば」、~してしまったならば、の意
※「草の原」は、墓のこと
※「と-や」は、格助詞「と」+係助詞「や」、「と」で受ける内容について疑問を表わす
◆Were the lonely one to vanish quite away, Would you go to the grassy moors to ask her name?
104「いづれぞと 露のやどりを 分かむまに 小笹が原に 風もこそ吹け」(光源氏)
((お名前を伺っていないと)どちらなのかと露(儚いあなたの)のお宿を区別する(判断する)間に、小篠の原に風が吹くでしょう)
※二人の噂が立って縁も絶たれてしまうでしょうの意
※「小篠が原」は世間、「風」は評判・噂の意
◆I wish to know whose dewy lodge it is Ere winds blow past the bamboo-tangled moor.
105「世に知らぬ 心地こそすれ 有明(ありあけ)の 月の行方を 空にまがへて」(光源氏)
(人生で(今までに)知らない思いがするのです、有明の月(暁(あかつき)にあった女)の行方を空で(途中で)見失ってしまって)
※「有明の月」は、空にかかったまま夜が明けるのでこういう。
◆I had not known the sudden loneliness. Of having it vanish, the moon in the sky of dawn.
106「わが宿の 花しなべての 色ならば 何かはさらに 君を待たまし」(右大臣)
((まだお越しいただけませんが)わが家の(藤の)花が並みの色(美しさ)なら、どうして君のお出でを待ちましょうか、いや待たないでしょうに(君をお迎えするにふさわしい美しさなのです))
※「右大臣」・・・政敵の右大臣、弘徽殿の女御と有明の君(朧月夜)の父
※「し」は、強意の副助詞、体言、連用形、連体形、副詞、助詞に接続
※「なべて」は、副詞、全般に、ひととおり、あたりまえの意、「なべての」の形で連体修飾語として用いられること多し。
※「何かは」は、①「なに」が代名詞の場合、[反語]何が~か、いや~でないの意②「なに」が副詞の場合、[疑問]おうして~か[反語]どうして~か、いや~でないの意
※「まし」は、推量の助動詞、[反実仮想]もし~であったら~であろうに、の意
◆If these blossoms of mine were of the common sort, Would I press you so to come and look upon them?
107「梓弓 いるさの山に 惑ふかな ほの見し月の 影や見ゆると」(光源氏)
(梓弓の射る「いるさの山」で迷っております、ほのかに見た月の影(光)が見えるかと思って)
※「あづさ弓」は、梓の丸木で作った弓、射るときの動作から「引く」「張る」「いる(射る)」の枕詞、弓の部分名から「すゑ」「つる」に掛かる。
※「いるさ山」は但馬の国(兵庫県)の名所
◆I wander lost on Arrow Mount and ask: May I not see the moon I saw so briefly?
108「心いる 方ならませば 弓張の 月なき空に 迷はましやは」(朧月夜)
(心射るお方であれば、たとえ月のない空であっても、道に迷ったりなさるでしょうか、いいえ迷いはしませんでしょうに(月のない暗闇でも通われるでしょうに))
※「ませ」は、反実仮想の助動詞「まし」の未然形「ませ」、もし~であったら~であろうにの意、未然形接続
※「弓張(ゆみはり)」は、弓に弦を張って反らせること、「弓張り月」は上限、または下弦の月のこと
※「や-は」は、係助詞「や」+係助詞「は」、[反語]~であろうか、、いや~でない、の意、文末の場合は、終止形、已然形に付く。上代の「やも」に代わり、中古に多用、多くは反語を表し、疑問に用いられたのはごく稀。
◆Only the flighty, the less than serious ones, Are left in the skies when the longbow moon is gone.