<和歌>源氏物語和歌/現代口語訳全795首
第06帖『末摘花(すゑつむはな)』14首
070「もろともに 大内山は 出でつれど 入る方見せぬ いさよひの月」(頭の中将)
(一緒に大内山の御所を出ましたけれど、入る処を見せない十六夜の月ですね)
※源氏を十六夜の月にたとえて、行き先を隠したことを、「入る方見せぬ」という
※「大内山」は宇多田法皇御所のあった仁和寺北方の山、転じて仙洞御所、さらに内裏を指す
◆Though together we left the heights of Mount Ouchi, This moon of the sixteenth night has secret ways.
071「里わかぬ かげをば見れど ゆく月の いるさの山を 誰れか尋ぬる」(光源氏)
(どの里も区別せず照らす月の光を見ることはあるけれども、ゆく月(大空を渡って行く月)が入る山まで誰か尋ねたりするでありましょうか)
※「分(わ)く」は、分ける、区別する、の意
※「入佐山(いるさの山」は、掛詞(修辞法の一つ、同じ音で意味の異なるものに二様の意味を含ませるもの)、「梓弓を射る」と入佐の山を掛けたり、「月の入る」、「妹と居る」など多く歌に見られる。
◆It sheds its rays impartially here and there, And who should care what mountain it sets behind?
072「いくそたび 君がしじまに まけぬらむ ものな言ひそと 言はぬ頼みに」(光源氏)
(幾度となく何度も、あなたの沈黙に負けたことでしょう、ものを言うなとおっしゃらぬことを頼みにしておりましたが)
※断られないので芽があるなと思って好意を寄せてきた、の意
※「な」は、副詞、①~するな、してくれるなの意、下に動詞の連用形(カ変、サ変は未然形)を伴い、動詞の表わす動作を禁止すること、②終助詞「そ」と呼応して「な~そ」の形で、~してくれるなの意→終助詞「な」に比べてもの柔らかで、あつらえに近い禁止を表わす。
※「そ」は禁止の終助詞、連用形接続
◆Countless times your silence has silenced me. My hope is that you hope for something better.
073「鐘つきて とぢめむことは さすがにて 答へまうきぞ かつはあやなき」(姫君の乳母の子、侍従)
(鐘をついて閉じようと(話を終わりに)することはさすがにできませんが、さりとてお答えしにくいのは、一方では理屈に合わないことゆえです)
※「まうし」は、助動詞、ク活用型(く)/く/し/き/けれ/―)、未然形接続、[打消しの希望]~したくないの意→希望の助動詞「まほし」が「ま欲(ほ)し」と解されたことから、その対義語を「ま憂(う)し」と考えて用いられるようになった語
※「且(か)つは」は、一方では、一つには、の意
※「あやなし」は、意味がない、理屈に合わない、の意
◆I cannot ring a bell enjoining silence. Silence, strangely, is my only answer.
074「言はぬをも 言ふにまさると 知りながら おしこめたるは 苦しかりけり」(光源氏)
(何もおっしゃらないのは、口に出すことにまさる(愛情を持っていらっしゃる)と存じていながら、(唖(おし)のように)お心の中に籠めておかれたのは苦しいことでしたね)
◆Silence. I know, is finer by far than words. Its sister, dumbness, at times is rather painful.
075「夕霧の 晴るるけしきも まだ見ぬに いぶせさそふる 宵の雨かな」(光源氏)
(夕霧の晴れる景色(心を開いて、おっしゃってくださるご様子)もまだ見ませんのに、さらに気持ちを滅入らせることを添える宵の雨になりましたね)
※「いぶせさ」は、心が晴れない、うっとうしさ、の意
◆The gloomy evening mists have not yet cleared, And now comes rain, to bring still darker gloom.
076「晴れぬ夜の 月待つ里を 思ひやれ 同じ心に 眺めせずとも」(末摘花)
(晴れぬ夜に月の出を待つ里をお思いやりくださいませ、同じ気持ちで物思いなさらぬにしても)
※「末摘花(すゑつむは)」は、常陸宮という歴(れっき)とした貴族の娘、親戚に兄(僧侶)と叔母(国守の妻)がいるが、父亡き後一人頑固一徹古風な家風を継ぎ貧窮の中に暮らす。鼻が紅く「紅花」を意味する「末摘花」とあだ名され馬鹿にされ続けるが、須磨に都落ちした光源氏に忘れ去られていてもひたすら待ち続け、後に光源氏から二条東院に引き取られ余生を過ごす。
※わびしい思いであなた様のおいでをお待ちしている私の心を少しは気にかけてください、の意
◆My village awaits the moon on a cloudy night. You may imagine the gloom, though you do not share it.
077「朝日さす 軒の垂氷は 解けながら などかつららの 結ぼほるらむ」(光源氏)
(朝日のさす廂(ひさし)のつららは解けましたのに、なぜか、どうしてこちらのつららは凍るのでしょう)
※二人の仲は深くなりましたのに、なぜ、あなたはいつまでも打ち解けずにいるのですか、の意
※「結(むす)ぼほる」は、自動詞ラ行下二段活用 れ/れ/る/るる/るれ/れよ、しっかりと結ばれる、露、霜、氷ができる、気が塞ぐの意
※「らむ」は、現在の原因推量の助動詞、どうして~なのであろうの意、終止形(ラ変は連体形)接続
◆In the morning sun the icicles melt at the eaves. Why must the ice below refuse to melt?
078「降りにける 頭の雪を 見る人も 劣らず濡らす 朝の袖かな」(光源氏)
(降り積もる頭の雪(老人の白髪)を見る人(私)もそれに劣らず(雪で)濡らす今朝の袖ですよ)
◆My sleeves are no less wet in the morning snow Than the sleeves of this man who wears a crown snow.
079「唐衣 君が心の つらければ 袂(たもと)はかくぞ そぼちつつのみ」(末摘花)
(あなたのお心が辛い(冷たい)ので、唐衣の袂はこのように涙に濡るのみでございます)
※「唐衣(からころも)」は、枕詞、衣服に関する語「着る」「裁つ」「裾(すそ)」「袖(そで)」「紐(ひも)」など、それらと同音をもつ語に掛かる。
※「唐衣(からぎぬ)」は、平安時代、女官の正装の一つ。装束の一番上に着用、上半身だけの短衣で、下半身に着ける「裳(も)」と対(つい)にして用いる。
※「濡(そぼ)つ」は、自動詞タ行下二段活用 ち/ち/つ/つる/つれ/ちよ、雨、涙で濡れる、しめやかに落ちる(そぼふる)の意
◆Always, always my sleeve is wet like these. Wet because you are so very cold.
080「なつかしき 色ともなしに 何にこの すゑつむ花を 袖にふれけむ」(光源氏)
(心引かれる色でもないのに、どうしてこの紅花(べにばな)に袖を触れたのであろう)
※「すゑつむ花」は紅花の異名、ここでは光源氏が一夜を共にした赤鼻の女のこと
※「けむ」は、過去の原因推量の助動詞、どうして~したのであろうの意
◆Red is not. I fear, my favorite color. Then why did I let the safflower stain my sleeve?
081「紅の ひと花衣 うすくとも ひたすら朽す 名をし立てずは」(大輔の命婦)
(紅の一度染めの衣は色薄くても(愛情は薄くても)、(姫君の)名を汚す評判さえお立て下されなければと存じます)
※「大輔(たいふ)の命婦(みゃうぶ)」は、左衛門の乳母(源氏の二番目の乳母)の娘、宮中、光源氏邸、常陸宮邸(末摘花邸)に出入りして、光源氏を末摘花に逢わせる。
※「ひと花衣」は染料に一度だけつけた、薄い色の衣
※「くたす(朽す、腐す)」は腐らせる、だめにする、(名を)汚す、おとすの意
※「し」は、強意の副助詞、体言、活用語の連用形、連体形、副詞、助詞に接続
◆This robe of pink, but new to the dyer's hand: Do not soil it, please, beyond redemption.
082「逢はぬ夜を へだつるなかの 衣手に 重ねていとど 見もし見よとや」(光源氏)
(逢わぬ夜を(重ねているとはいえ)、二人の間を隔てる袖に重ねて、さらにその上に重ねて見よ(重ねることを試みて、それを見よ)というおつもりですか(着物を贈ってこられたのは))
※「衣手(ころもで)」は、袖(そで)の意、袖の中に手を入れた状態の暗示
※「見もし」の「見る」は、「重ねて(いとど)見る」、補助動詞、連用形、助詞「て」に付いて〕ためしに…する、試みるの意
◆Layer on layer, the nights when I do not see you. And now these garments-layers yet thicker between us?
083「紅の 花ぞあやなく うとまるる 梅の立ち枝は なつかしけれど」(光源氏)
(紅の花がわけもなく厭(いと)まれて、紅梅の高々とした枝には、心ひかれるけれども)
※幼い紫の上と戯れながら、階隠(はしがくし)(建物の正面の階段を覆う屋根)の下に咲く梅を見て詠んだ歌
※「あやなし」は、形容詞ク活用(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、理由が分からない、つまらないの意、「疎(うと)む」は、他動詞タ行四段活用、いやだと思いそっけなくする、よそよそしくするの意
◆The red of the florid nose fails somehow to please, Though one longs for red on these soaring branches of plum