めぐりあいて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし よはの月かな(紫式部)

(画像:インターネットより拾ひて借用)

 

源氏物語和歌 全795首

♣現代口語訳 高安城征理

 作者の意図を失わせないために元の言葉の意味を重視、原則として意訳を避けて直訳に

 ※『角川古語辞典』(角川書店)『weblio国語辞典(学研全訳古語辞典)』(ウェブサイト)『新潮日本古典文学集成』(新潮社)『小学館古典セレクション』(小学館)を参考、一部引用

♣英訳 Edward George Seidensticker(1921-2007)<記載のウェブ>より転用

 

第01帖『桐壺(きりつぼ)』9首

001「限りとて 別るる道の 悲しきに いかまほしきは 命なりけり」(桐壺の更衣)

 (定めあるものと思ってお別れする道(死出)の悲しさにつけても、生きていたいと思う命なのでございます)

 ※桐壺の更衣(かうい)・・・既に亡き按察使大納言の娘、桐壺帝の寵愛を受け、他の女御の苛めに愛ながら帝の子、光り輝く源氏を産むが、源氏3歳のときに死亡

 ※「生く」に「行く」を掛け、行きたいのは死出の道ではなく、生きたい命なのでございますの意を込める。

◆I leave you, to go the road we all must go. The road I would choose, if only I could, is the other.

 

002「宮城野の 露吹き結ぶ 風の音に 小萩がもとを 思ひこそやれ」(桐壺帝)

 (宮城野(宮中)に吹く秋風の音を聞くにつけても涙を催し、小萩(子供)のことを思いやっているのです)

 ※「桐壺帝」・・・三条の大宮(左大臣の妻、頭の中将、葵の上の母)と同腹(弟か)、桐壺の更衣を寵愛したことで「桐壺帝」と呼ばれるが、弘徽殿の女御(右大臣の娘)との子(第一皇子、後の朱雀帝)がいる。第二皇子に源氏の姓を与え臣籍として不要な政争に巻き込まれないように配慮。第八皇子が「宇治十帖」で登場する八の宮(宇治の大君、中の君、浮舟の父)

 ※「宮城野」は、宮城県仙台市の東にある野、萩の名所で歌枕

◆At the sound of the wind, bringing dews to Miyagi Plain, I think of the tender hagi upon the moor.

 

003「鈴虫の 声の限りを 尽くしても 長き夜あかず ふる涙かな」(靫負命婦)

 ( 鈴虫が声の限り鳴き尽くしても(私も泣き通しても)秋の夜長明けることなく流れ零れる涙なのでございます)

 ※「靫負命婦(ゆげひのみやうぶ)」・・・靫(矢を入れて背に負う具)を負って宮中を守る者で、衛門府の武官の総称、「命婦」は中級の女官、父兄または夫に靫負がいたのでこう呼ばれた。

◆The autumn night is too short to contain my tears Though songs of bell cricket weary, fall into silence.

 

004「いとどしく 虫の音しげき 浅茅生(あさぢふ)に 露置き添ふる 雲の上人」(桐壺の更衣の母)

 (ただでさえ虫の音が激しく聞こえる浅茅生の(みすぼらしい)宿(悲しみに沈んでいる宿)なのに一層露(涙)をお添えになられる雲の上人ですこと)

 ※桐壺の更衣が亡くなり悲嘆にくれる母親のもとへ、帝は靫負の命婦を見舞いに遣わす。命婦が退出すときに詠んだ「鈴虫の声の限りを…」に対して、母親が別れの挨拶として詠んだ歌

 ※「いとどし」は、ますますはなはだしい、たださえ~なのに、いっそう~であるの意で、「露おきそふる」にかかる。

 ※「音」は「虫の音」と「泣く音」をかける。

 ※「浅茅生」は、ちがやが生えている場所、荒れ果てた場所の意も、「ふ」は生えている所の意。類似表現の語に「蓬生(よもぎふ)」

 ※「露」は、日に当たると消えてしまう儚きものの象徴、動詞に「降りる」ばかりでなく、「置く」「結ぶ」「消ゆ」「散る」「乱る」などを伴い、掛詞、縁語も多彩

 ※「雲の上人(くものうへびと)」とは、狭義には、清涼殿の殿上の間に出入りを許されている貴人のこと、大宮人(おおみやびと)、殿上人(てんじょうびと)、ここでは、靫負の命婦のこと

◆Sad are the insect songs among the reeds. More sadly yet falls the dew from above the clouds.

 

005「荒き風 ふせぎし陰の 枯しより 小萩がうへぞ 静心なき」(桐壺の更衣の母)

 (荒い風を防いでいた大きな木が枯れてから、小さな萩のことが気がかりでなりません)

 ※帝への返信に添えた歌、この歌の直後「などやうに乱りがはしきを、心をさめざりけるほどと御覧じ許すべし。」と帝に返した手紙の添えた歌として「礼を欠いたようでも気持ちの整理ができていないからと御覧になってお許しになったのでしょう」とある。

◆The tree that gave them shelter has withered and died. One fears for the plight of the hagi shoots beneath.

 

006「尋ねゆく 幻もがな つてにても 魂のありかをそ こと知るべく」(桐壺帝)

 ((更衣の魂を)訪ねゆく(捜しにいってくれる)幻術師がいてくれたらなあ、人づてにでも、魂のありかが知られるように)

 ※「幻」は、幻影、幻術を使う者のこと

 ※「がな」は、願望の終助詞、~があればなあの意

◆And will no wizard search her out for me, That even he may tell me where she is?

 

007「雲の上も 涙にくるる 秋の月 いかですむらむ 浅茅生の宿」(桐壺帝)

 (雲の上(宮中)でさえ涙に曇って暗く見える秋の月が、どうして澄んで見えようか、浅茅生の(草深き)宿で)

◆Tears dim the moon, even here above the clouds. Dim must it be in that lodging among the reeds.

 

008「いときなき 初元結ひに 長き世を 契る心は 結びこめつや」(桐壺帝)

 (幼い者が初めて結ぶ元結いに(あなたの姫との)末長い仲を約束する心を結びこめたか)

 ※「いときなし」は、「いとけなし」、形容詞ク活用(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、幼い、あどけないの意

 ※「元(もと)結ひ」は、「髻(もとどり)」(髪を頭の上に集めて束ねたところ)を結い束ねる糸、古くは麻糸または組み糸、後には紙縒(こより、和紙を細長く切ってよりをかけたもの)を水引きのように糊で固めたもの

 ※「つ」h、完了の助動詞、~してしまったの意、連用形接続

◆The boyish locks are now bound up, a man's. And do we tie a lasting bond for his future?

 

009「結びつる 心も深き 元結ひに 濃き紫の 色し褪せずは」(左大臣)

 (結びました深い心をこめた元結いに、濃い紫の色さえ褪(あ)せなければ(御心も変わらず深きものとなりましょう))

 ※「左大臣」・・・葵の上(光源氏の最初の妻)の父、妻は桐壺帝と同腹の妹宮

 ※「し」は、強意の副助詞、体言、連用形、連体形、副詞、助詞に接続

◆Fast the knot which the honest heart has tied. May lavender, the hue of the troth, be as fast.