こんにちは!
22明治で主将を務めました、ソラです!
平素より明治大学女子ラクロス部を応援してくださっている皆様、今年もたくさんのあたたかい応援ありがとうございました。特に今年は明立戦に始まり、リーグ戦も3年ぶりに有観客試合で行うことができ、応援の力の大きさを改めて感じることができました。
紫で埋まるスタンドは最高でした!
毎日毎日楽しみにしていた31期の引退ブログも、ついに自分の番がやってきました。
カレンは私の相棒です。新歓期間は練習以外の時間はミーティングしてたんじゃないかな?っていうくらいの毎日を一緒に乗り越えて、今年はどういうチームにしたいかや今のチーム状況などを話して一緒にチームを作ってきました。
そしてなんといっても明治の守護神です。今年もたくさんのピンチを救ってくれました。私が裏からのシュートを打てるようになったのもカレンとたくさんシュー練をしたから、ありがとう!
そんなカレンからバトンを受け取り、最後の31期引退ブログを書いていこうと思います。
学んだこと・伝えたいことはありすぎてここに書ききれないし、同期がたくさん書いてくれているので、4年間を振り返りつつ、今年ずっと伝えてきたことを改めて書いていこうと思います。
私のラクロスとの出会いは高3の夏、18明治の開幕戦を見に行った時でした。
付属校へ先輩が告知しに来てくれたので、暇だし行こうよ~と友達と見に行ったら衝撃。
なんじゃこりゃ、速すぎる。
ボール速すぎて見失うし、コート広くて長い距離走るし、走ってる人みんな速すぎるし、、
私がやったらおいてかれるんだろうな~
絶対やらない!!!
(バスケしててもドリブルついた方が速いって言われるくらい足が遅かったんです)
心に誓いました。
そのはずなのに、
周りにも絶対やらないと宣言していたはずなのに、
2019年4月6日、泣きながら入部を決めていたんです。
(家族、友達、周りの人みんなに口をそろえて”やると思ってたよ”と言われました笑)
新歓試合、
絶対シュート決めるから見ててねといって本当にシュートを決めたトワさんはすごいかっこよかった。
いい加減に放っておいてよ!
って思うくらいに熱い思いを伝え続けてくれる先輩がたくさんいた。
私の根の部分にあった
「日本一を目指したい」「自分の可能性にチャレンジしたい」っていう想いを呼び起こしてくれました。
『やるからには絶対やり切る』
自分なりの覚悟をもって4年間のラクロス生活が幕をあけました。
それから4年間、たくさんの人に支えられ、いろいろな経験をし、いろいろな感情を抱きました。
飛田でサマーの1年生練前にめちゃめちゃ泣いた日。
1年生1人Aチームに入ってビビッてばかりで何もできなかった約1カ月半。
体育館でずっとニトとツーメンしてた雨の日。(奇遇にもニトのブログにも書いてありました笑)1年生の頃はクリスマスも大晦日も365日ラクロスしてたな。
コロナ期間に入り、なくなったあすなろ。たくさん減ってしまった同期。
初めてベンチに入って鳥肌立ちまくりだったFINAL4 vs日体。
50人以上が参加してくれた和泉での体験会、自分の殻が少し破れた日。
井川さんに来年の主将は1個下がいいと言われてずっと心の中でふてくされていた夏合宿の下見の車の中。
感情コントロールが効かなくなってAM2時くらいにライさんに泣きついた夏合宿。
絶対勝てると思っていたけれど自分の弱気なミスで流れを持っていかれて負けたFINAL4 vs 日体。
何回も一進一退を繰り返していた毎日の学年ミーティング。
ミイがいなくなってパニックになって真夜中にビビさんに電話した日。
AT6枚目で内心焦りまくってたけどそれを出さないように必死だった明立戦。このチームならいけるって思えた。
コーチいない期間を作って自分たちで変わろうとした期間、A合宿。
開幕戦で今年ずっと練習してた裏からのシュートが決まった瞬間。
慶應戦のラストのシュートを打った瞬間。笛が鳴った瞬間。
………
辛いことしんどいことも数えきれないくらいあった。でも、それ以上にできないことができるようになったり、点が決まったり、試合に勝った瞬間を鮮明に覚えていて、あぁこの瞬間のために頑張ってきたんだなって思えた。
同期とみんなとするラクロスが好きだった。
みんなで勝利イエーイをする瞬間が最高だった。
そんな経験がたくさんできた。
欲を言えばもっとそういう経験をしたかった。もっとみんなとラクロスがしたかった。
そんな4年間でした。
22始まったときの幹部紹介のブログに書いた目標。
『日本一』
『成長し続けるチーム、ひとりひとりが積極的に行動するチーム』
去年のFINAL4vs日体を経て、誰かだけの力では勝てないということを誰よりも感じた。無意識のうちに任せてしまっていた自分への後悔を誰よりも感じた。
誰かの力だけじゃ勝てなかった。
順番待ちしている暇なんてなかった。
1年生は単純にラクロスが楽しくて、
2年生は自分のミスが怖くて心のどこかでAサブで満足してて、
3年生は引っ張ってかないといけないのに4年生に引っ張られてて、何度も尻たたいてもらっても変わり切れなくて、
…
自分の番になって頑張るなんて当たり前。
もちろん今まで頑張ってなかったわけじゃない。
上手く言葉に表せないけど、本当の意味で「チームのために」を考えて、このくらいでいいやなんて思う瞬間なんて一度もなくて、どういうチームにしたいかどういうラクロスをしたいか、そのために何が足りなくてどうしたらいいかを細分化して考えて、主将としてもプレーヤーとしても自分の役割とかどうチームに貢献するのかを考えて、、
4年間で一番考えて行動した1年だった。
(その分悩みも一番多かったけどね)
そして、一番成長した1年だった。
「変わる」とか「チームを自分事として捉える」とかって言葉では言うけど簡単なことじゃない。
でもいざ自分の順番になったらさ、
もうちょっと頑張れるでしょ?
もっと考えるでしょ?もっと行動に移すでしょ?
いざ自分の代、自分の番になったときに私は今まで順番待ちしていたことを改めて実感して、死ぬほど後悔した。
誰一人そんな思いをしてほしくなくて、絶対に日本一を獲りたくて、1人1人の成長がチームの成長に繋がっているってこと、その大切さを伝え続けてきた。
だからこそ周りをよく見て、誰かの小さな成長にも、当たり前と化しているチームのための行動とか係の仕事にも気づこうとしたし、気づいたことは全部声かけた。
そうやって1年間チームを作ってきた。
結果、FINAL4敗退。
日本一は獲れなかった。あと少しが遠かった。
今でも慶應に負けたときの景色や感情がフラッシュバックしてくるくらいに悔しかった。
でも22明治は成長し続けた。
全体の前では1回も不安って言ったことはなかったけれど、
正直、本当に本当に不安だった。
リーグ経験者少ないし、去年点とってるのニト以外4年生だったし、31期は新人戦もいい結果を残していない。不安を生む要素が十分すぎるくらいにあった。
そんなところから始まった22明治。
前に立つ人が不安だどうしようなんて言ってられない、ここから日本一って可能性に満ち溢れてるやん!って何回も自分に言い聞かせて、時には同期に弱音を吐きながら、
1人1人が成長し続けたら大丈夫。スーパースターがいないからこそ1人1人が成長する必要がある。って伝え続けてきた。
でも六大戦終わり、
井川さんに「今年日本一を目指さなくていいんじゃない?」って言われた。
ここで、ぶらさないでやっていこうって、大丈夫自分たちは変われるんだって、
すぐに言えなかった。情けなかった。
しばらくして
後輩にも「今年って本当に日本一目指してるんですか?」って言われた。
チームに目標がない空気感を感じる。どうにかしないといけないことはわかる。
でもしばらく何もできなかった。
あぁ主将が何やってんだって何回も思って逃げ出したかった。
でも逃げ出すことだけは絶対にしなかった。
主将をやると決めた覚悟と、任せてくれたみんな、応援してくれている人の想い、
チームのことを考えてもがいている人がいっぱいいて、頑張ろうとしている人がいっぱいいて、それを無駄にできないって思った。
高校の頃逃げた経験があって、ここで逃げたって何も始まらないってことを知っていた。
今変わらなかったらいつ変わるんだって思った。
そこから幹部で22明治が始まるときに立てた目標や決めたことをもう一回意志確認して、たくさん話して、ゴールデンウイーク合宿、明立戦とチームはラクロスも考え方も成長していった。
でもその中で自分だけ置いて行かれるような感じがした。
何をやってもうまくいかない、空回り。
私今年リーグ出られないんじゃないかって危機感を感じた。
必死に隠してたけど、明立戦のスタメン紹介の時の私の顔は正直すごくひきつってたと思う笑
でも、今まで練習試合でほぼボールを支配されていた立教に勝ったことはすごく嬉しかったし、やっぱりこのチームが好きだった。
リーグで勝ったらどんなに嬉しいんだろうなって思った。
こんなところで止まってなんかいられない。
足引っ張ってなんかいられない。
そう思えた。
6月、コーチ無しで自分たちだけで考えて求めあって成長していこうって決めた期間。
リーグ戦まで1ヶ月半。
私が変わるのも、チームがさらに変わるのも本当にこれが最後、ここで何もつかめなかったら終わりだと思って必死だった。
ただただ必死だったけれどここで「リーダーシップ」と「フォロワーシップ」をしっかりと理解した。
私が作りたかった、誰かだけの力じゃない1人1人が積極的に行動するチームって、「リーダーシップ」と「フォロワーシップ」がしっかりとあるチームだって気づいた。
「引っ張る」と「ついていく」どっちもないといいチームになんてなれない。
「引っ張る」がなくてもダメだし、「ついてく」が「引っ張られる」だけになってもダメ。
そして夏合宿で、さらに気づいた。
自分がどれだけの人に支えられているのか、助けてもらっているのかっていうこと。
「今の自分を受け入れる。”ソラって〇〇だよね、でも△△だよね”の△△の部分があればいい。こんなに泣いている主将なんていない、でも想いと行動だけはしっかり示し続けているよねってなればいいんじゃない?」
あぁそっか、そうだよな。
こんな主将でもチームがここまで来れているのはみんなのおかげ、感謝しないとだ。
こんなに支えてもらって助けてもらってきたんだから、自分がチームのためにできることだけを考えて絶対にこのチームで1番長くラクロスしよう、日本一を獲ろうって改めて思えた。背伸びしない等身大の自分自身を受け入れることができた。
そこからはもうたたひたすらに進むだけだった。
リーグに向かう日々は毎日がが楽しくてワクワクで、22始まった時の不安なんて吹っ飛んでいた。
このチームなら絶対大丈夫だって思えた。
これでもかってくらい全員で時間をかけて準備しきった学習戦。
4Q、ずっと練習していたシュートが決まった瞬間は涙が出るくらい嬉しかった。
同点に終わった中央戦。
目の前真っ暗になったけれど、立ち止まってなんかいられなかった、この試合があったから早稲田戦青学戦と成長できた。
絶対に負けられない早稲田戦。
明治らしいラクロス、今年やりたかったラクロスを体現できた、嬉しい以外の言葉が出てこないくらいに嬉しかったし、ほっとした。
またまた絶対に負けない青学戦。
無失点勝利。DF陣の変化は一目瞭然でリス残りから見るみんなは本当に頼もしかった。
大雨の中の試合、日女体戦。
無観客だったけれどたくさんの人がSNSを通して応援してくれて、点差をつけて勝利することができて嬉しかった。
勝てばFINAL4進出確定の立教戦。
チームとしてやりたいことはできてた、相手のやりたいこともやらせてなかった。個人技術の差だった。結局は個人技術、基礎。原点に返って、FINAL4に行けることを信じて練習し続けた。
勝てば全学が決まる、負ければ終わりの慶應戦。
勝つ準備は万全だったし、やってきたことをやれば絶対に勝てるって信じてた。
前半3点リード、正直勝てる!って思ったし、でも毎回追い上げられるから一回リセットして後半0-0からのスタートだって気を引き締めようって思った。試合終了の笛が鳴った瞬間は頭真っ白で現実かどうかわからなかった。
立教、慶應、日体を倒すって言ってたのに、立教にも慶應にも負けた。
今年も届かなかった。
でも本当に成長できた、それは自信になったし、やっぱり明治ってリーグを通して成長するよねって証明できたんじゃないかな。
本当に1人1人の成長がチームの成長につながったって思うし、フィールド、ベンチ、スタンド、一丸となって戦うことができた。
でもそれと同時に、それじゃ遅い、足りないってことも身をもって実感した。
自分の話を織り交ぜたら少し行ったり来たりしたけれど、それだけ濃い最後の1年だった。
あぁ、あっという間だったな。
もっとやりたかったな。
今年1年、1番キツくてしんどくて、でも1番楽しくて、1番充実していた。
多くの人が支えてくれていること、応援してくれていることを1番実感できた。
改めてみんなに伝えたいことは、たくさんのありがとう。
そして後輩に伝えたいのは、順番待ちしてる時間なんてないよってことと味方はたくさんいるよってこと。
明治だったから、22だったから、
私は主将として1年間やり切ることができた。
自分の理想、みんなの理想の主将とは違ったかもしれない。
主将にもなってこんなに泣いている人見たことない。
引っ張っていく側なのに、こんなにも周りの目を気にしすぎる人いるのだろうか。
でもみんなのおかげで私らしく主将を務めることができた。
ついてきてくれて、支えてくれて、信じてくれて、一緒に戦ってくれてありがとう。
このチームで主将ができたことが幸せでした。ありがとう。
『自分のことを見てくれている人、応援してくれている人、期待してくれている人、信じてくれている人がいる。』
そんな人たちに支えられて、ここまで成長することができた、駆け抜けることができた。
ラクロスをやっていく上でそんな人いないしって思える時期が来るかもしれない。
でも絶対そんなことないから大丈夫。
誰かの想いが誰かのエネルギーになる。誰かの頑張りが誰かの頑張りエネルギーになる。
だってそれがチームだから。仲間だから。
味方はたくさんいる。
自分たちの代になってから頑張るんじゃ遅い。
リーグが近づいたら頑張るんじゃ遅い。
明日頑張るんじゃ遅い。
今からどれだけ頑張れるか、それを継続できるかが大事。
1人で悩んで答えが出なくても誰かと話すと何かきっかけが見つかるかもしれない、何か1つ行動に起こしたら見える景色が変わるかもしれない。
誰かが与えてくれるのを待ってるだけじゃもったいない。
よくいう「チームが」「全員が」って中には1人1人が入っている。
自分のチームに遠慮なんていらないよ。
達成できなかった日本一は後輩に託します。
最後に
莉歩。多分このブログも見てくれているのでこの場を借りて。
高校の時から今も変わらず、辛いとき、逃げ出したいとき、いつでも話を聞いてくれて、何回も頑張ろう、進むしかないって前を向かせてくれてありがとう。明立戦も開幕戦も来てくれて、莉歩に応援来てもらうっていう1つの夢が叶って嬉しかった。
たくさん支えてくれて応援してくれてありがとう!
毎試合応援に来てくれた家族。
家にいるときには程よい距離感で接してくれて、体を心配してバイト削れって言ってお小遣いくれて、試合後には毎回自分なりのフィードバックをくれたお母さん。女ラクのファンになってメンバー全員覚えて、引退ブログも全部読んでくれてる妹。思い出はコロナ期間に毎朝5時に公園に行って走ってラクロスしてバスケしたことかな。
スポーツ大好き家族だったから大学で部活することを理解してくれて、楽しんで応援に来てくれて、私ものびのびとラクロスに打ち込むことができました、ありがとう。
井川さんをはじめとするコーチの方々。
ラクロスのこと、人としての考え方、たくさんの気付きや学びばかりでした。
後から話すとFINAL4いけるか心配だったなどたくさん聞きます。でもそんな私たちを信じて最後まで一緒に戦ってくれてありがとうございました!
私が入部する決め手だったトワさん。
めげずに毎日毎日入部する前の私にたくさんの熱い思いを伝え続けてくれてありがとうございます。
1年生の頃はトワさんに引っ付きまわって昼練では毎日パスキャとドローしてもらって、トワさんみたいになりたくて、トワさんと一緒にリーグに出ることが目標でした。
一緒にコートに立つには未熟すぎる私だったけれど、たくさん成長させてくれました。
本当にありがとうございました!
右も左もわからない私にたくさんのことを教えてくれた偉大過ぎる先輩方、
後輩だけど同期みたいな頼もしい後輩たち、
(特にエイト、コメ。たくさん練習して、研究して、想定して、2人とドローのことを考える時間がすごく楽しかったな。チャイ、ハクもいっぱいチームのこと話したね。)
ありがとうございました!
そして主将の私を1番近くで尻を叩きながら支えてくれて4年間一緒に駆け抜けてきた同期、ありがとう!
こんなにもたくさんの人に支えられて過ごしてきた4年間。
最高の青春でした。
関わってくれてすべての人にありがとう。
22明治完
これからも明治大学女子ラクロス部の応援よろしくお願いします。
#5 ソラ