橋下徹氏と古市憲寿氏がテレビに出演しなくなったら、どれほどテレビが楽しくなり日本社会が穏やかになることだろう。

 いや、国民や社会に与える影響などまったく考えずに、彼らをテレビに出演させ続けては祭り上げ、炎上商法で視聴率を稼ぐことしか考えつかないテレビ局が、いつも通りの元凶であろう。

 いろいろな人はいる。存在自体は悪ではない。自分がいつでも正しいと思っている人は近所にもたくさんいる。だから、どのような人をテレビに多く出演させるかの選択権を持ち、意図的に国民をあおり、視聴率を稼ぐ判断をしているテレビ局が悪ということになる。とりあえず、テレビ局は櫻井氏や相葉氏、松本潤氏等、魅力も能力も演技力もないジャニタレ(その証拠は、彼らの周りをいつも主役級の多くのお笑い芸人や多くの実力派俳優などで固めている)との癒着を改め、喜多川氏の性犯罪を黙認したり女子アナ社員への性接待強要や社内でのパワハラ等々をすべて洗いざらい公表して罰を受けなければ、テレビ局が健全な会社になることは不可能である。なぜならば、「反省なしに(真の)改善や進歩はない」からである。

 形だけ改善したかのようにみせても抜け道を選んで陰で不正をやるだろう。これまで通り、バレなければ、いやバレるまでやり続ける。そして、ばれたら知らん顔を通す。比較的ましなテレビ局(ずる賢いテレビ局?)は自分で自分のことを調査したまねをして逃げきる。テレビ局が今後もこのようにしない理由はない。