氷川きよし氏が活動を再開し、ネットニュースなどで目にすることが多くなった。

 キーナという名前や外見に拒否反応を示す人がいる。また、それがいいという熱狂的なファンもいる。外見や性格が嫌いだという人は、彼が出演する番組やネット記事を目にしたくないだろうし、それがいいという人は、彼が出演する番組や記事を見たいだろう。

 人には好き嫌いがあって当然である。その素直な気持ちを法律の範囲内で表現することは、誹謗中傷ではない。本人の気持ちを害する表現はすべて禁止とするならば、それを書き込むツイッターやインスタ、ブログ、個人のHP等、ネットニュースなどのコメント欄、掲示板等々の「場」そのものを無くさなければいけない。

 人それぞれ好みも基準も感性も趣味も性格もすべてが異なる以上、誰かに対する不満や文句、悪口を無くすることはできない。世界中の全ての人が、日々友人や同僚、家族、芸能人等々誰かについて自分と合わない内容のことを話している。これは人間として当たり前のことである。これを無くすることは不可能でありナンセンスなことである。仮にそれをSNS上だけは禁止にしたいというのであれば、そのようなことを発言したり書き込んだりできる「場」を無くするしかない。

 話を戻すと、歌番組やネットニュース担当の人にお願いしたいのは、氷川氏を嫌いな人と好きな人のおよその割合に即し、量的に公平・公正に取り扱ってもらいたいということである。

 かつて、NKHの「うたコン」は、氷川氏と純烈と山内惠介氏の3人をほぼローテーションで出演させていた時期がある。もちろん、NHKにも癒着まがいの不公平な人選をやめるよう投書をした。彼らを嫌いな人にとっては地獄であろうし、彼らを好きな人がいることも事実である。だから、公共性の高いテレビでは、好き嫌いの人数のおよその割合(量的人気度)を分析・考慮して、出演者を決めたほうが公平・公正だと思うのである。間違っているだろうか。

 事務所との関係や過去の個人的人間関係などの忖度は、もうやめる時代である。