「(もらったんですかと問われ)お願いはした(「そうしたら勝手によこした」と強調したいのか)、「話し合ったが、議論はしていない」等、終始ごまかすことで必死に見えた。
質問する議員たちのレベルも低かった。せっかく宣誓において「何事も付け加えず」と言わせておいたが、知事は聞かれたことだけに答えず、主に自己を正当化するための理由(確かめるすべはないが、後から作った嘘と思われるような理由ばかり)を話していた。議員たちは、なぜ止めて注意しなかったのだろうか。確認できない理由などではなく、「行為の有無」について聞いているのに、言い訳が中心だった。
また、不都合な質問に対しては「記憶が定かでない」で逃げ続けた。何年も前のことではない。わずか数か月前のことであり、しかも自分のことであり、記憶力は良い東大出身なのだから、記憶が定かであるはずがない。道義的責任を問われると、道義的責任が何かわからないと嘘を言って答弁拒否をする場面もあった。法的な責任ではなく、道徳的(義務教育において知事が教科以外の道徳の時間(現在は教科となった)や教師からの指導で知事が学んだこと。例えば公平・正義、正直、素直な心等々)な責任であることは、誰にでもわかることである。知事でさえ、百条委員会後の囲み取材で、自分に多くの直す点があったので今後ルール作りをしていきたいと話していた。この言葉こそ、道義的責任の意味が分かり、道義的責任は自分にあることを自覚している証拠である。答弁を拒まない旨を宣誓しているので、これらの「記憶にない」「わからない」といった答弁拒否についても罪に問われる可能性があるのではないだろうか。
言葉の言い換えやあやによる「ごまかし」、「記憶にない」、「わからない、しらない」などによる「とぼけ」が、官僚の論理、ひいては東大の論理なのだと感じた。本当にレベルが低い。反抗期の中学生並みだった。これまで私は、官僚やいくつかの県の職員と話すことがあったが、話の内容(論理展開)と自信に満ちた話しぶりにいつもおかしな印象を持っていた。官僚や県庁職員などによる、人を言いくるめる鉄壁そうな論理の実態は、「ごまかし」と「とぼけ」に過ぎないことが今回はっきりとし、これまでの疑問がとても腑に落ちた。
以上のような感想をもったが、今回の一番の問題点は、パワハラ疑惑の当事者である知事が中心となって、県庁内で処理が進められてしまったということだ。出発点から間違っている。告発者を守りながら、専属弁護士も含め知事や県の関係者は一切加わらない完全な第三者による調査をするべきだった。最初に告発を受けたマスコミの対応や、パワハラの当事者であり権力者のトップでもある、握りつぶす立場の知事に情報を伝えた人物など、まだまだ解明しなければいけない点もある。