今季のドラマは、ジャニタレばかりであった。ジャニーズ事務所への忖度も限度を超えていた。ジャニーズ問題が大騒ぎになる前以上のジャニタレ出演率で、テレビ局の開き直りというか、「忖度を貫くぞ」という異常なまでの強い覚悟が感じられた。「嵐」のハワイ接待も明らかになったが、一社を除いた各テレビ局はこのことを自主検証では隠していた。ごまかしの社内調査を発表して、「これから気を付けます」だけでテレビ局を許すから、テレビ局もその下の芸能事務所や制作会社も変わらない。

 政治家のこともテレビ局のことも、学者などの専門家や弁護士会、警察、国民が許すからやめないのである。ではどうすればよいか。どの道を選ぶにしても、一人一人が決めて行動するだけである。

 来季ドラマは、公平・公正で実力主義のドラマを見てみたい。

 確認だが、ジャニタレがこれほどテレビに出ているのは、能力があったり魅力があったりするからではない。最近、昭和のドラマや歌を振り返る番組が多いが、ジャニタレが表現している歌やドラマが50年後の振り返り番組で、とりあげられるとは思えない。似たようなメンバー構成、似たような曲、似たようなダンスでは人々の記憶には残らない。ドラマも演技力不足か軽薄なものばかりである。

 ジャニタレ達に実力や魅力があるからこれほどテレビに出ているのではなく、癒着関係であるジャニーズ事務所とテレビ局が、能力や魅力の乏しい平凡な若者をこれでもかとテレビに出演させて虚像を作り上げてきた結果であるということは、皆で確認しておかないと議論がずれてしまう。

 このように言うとファンは「彼らも一生懸命頑張ってきた」というだろうが、そもそも会社員のように死ぬほど頑張ってきたとも思えないし、芸能人としての素質も個性も魅力もない素人は頑張れば頑張るほど素人感が余計強調されるだけで、ファン以外にとってはつらさが増すだけである。ジャニタレが、人として悪いと言っているのではない。普通過ぎるくらい普通の性格や能力だということである。外見が喜多川氏やジュリー氏達に気に入られたのだろう。

 癒着関係である事務所とテレビ局がタッグを組み、個性も売りも魅力もオーラもない外見だけの普通の若者をこれでもかとテレビに出し続け、それによって今の虚像が出来上がったというのが事実だと思うが、総合的、客観的に判断して私の指摘は不的確だろうか。