今放送されている「日テレ系音楽の祭典」の総合司会は、ジャニタレ(「旧ジャニーズ事務所による圧力営業によって今の地位を得た元ジャニーズタレントたち」を当ブログではこのように呼んでいる)の櫻井翔氏だ。

 見ていると、彼はずっとカンペを読むだけである。これなら、新人の局アナかAIロボットでもいいだろう。もっと言えば小学生でもできることだった。視聴者にとっては総合司会が彼である必要はない。むしろニュースキャスター失格のイメージが強く傲慢な雰囲気からも、違う人のほうが嫌な思いがない。

 しかし、テレビ局にとっては彼である必要があるのだろう。父親がらみでの総務省への忖度か、それともスマイルアップ(旧ジャニーズ事務所)の一定数の社員との個人的癒着関係だと私は思うが、どうだろうか。

 少なくとも実力や魅力で彼が音楽祭の総合司会に抜擢されたわけではないだろう。これを非難しなければ、日本テレビはいつまでも続け、公平・公正な実力主義(一部のファンだけではなく国民的な「人気」も含め)の人選、番組作りをしないだろう。おかしなことに対しては、改善されるまでみんなが声をあげ続けることが最も重要である。見て見ぬふりをすることは、認めることである。ジャニーズ問題をきっかけに、テレビ業界を忖度や癒着のない業界にしていこうとメディア全体も国民も決意したのではなかったのか。

 繰り返すが、いじめでも不正でも、その事実を知った者が黙っていることは、「認めた」ということである。