東日本大震災の時、地震直後に宮城県には津波注意報が発令され、津波の予想の高さが1mと発表された。1mと聞いてすぐに高台やビルの上に避難する人はいるだろうか。

 地震による建物の崩壊で亡くなった人はほとんどおらず、2万人近くは津波で亡くなった。多くの人が亡くなったのは、天災であろうか。それとも人災であろうか。

 気象庁は、津波の高さの予想に100%の自信がない時点では、具体的な数値は入れないほうがよい。例えば、①巨大な津波のおそれ ②大きな津波のおそれ ③津波のおそれなど、3段階ほどの(幅を持たせた)あいまいな抽象的表現での発表が望ましいだろう。低いから大丈夫だという印象を与える表現は使わないほうがよいだろう。そして、確認(沖合での確認や他の地域での高さの確認など)ができた時点で、具体的な数値を入れればよい。

 初動で「1m」(の発表)さえなければ、どれほどの命が助かったであろう。役人は無能であれば、国や国民にいくら大きな損害を与えても無罪なのか。昔の2000円札や消えた国民年金等々、最近ではオリンピックの数々の変更やマイナンバー問題等でどれほどのお金を無駄にしてきたのか、津波での嘘情報やワクチンの遅れでどれほどの命を奪ってきたのか。いずれも気をつければ、少し考えれば、一般市民であれば防げることだった。その失敗を与えた役人達はなにごともなかったかのようにその後も仕事を続け、被害はすべて国民が負う。おかしくないだろうか。

 なぜ今頃このような記事を、と思われるだろうが、地震時にユーチューブで生配信(場所は東京)をしていた動画を先ほど目にし、そのなかで出演者は冷静に揺れを報告し、その画面の右側に視聴者の書き込みが表示されていた。書き込みは、「仙台の揺れがすごい」「津波が来るぞ」「早く逃げて」などというものが連続で大量に書き込まれ、その間に「津波注意報高さ1m」というものが時々入り込んでいた。当時の状況を目にして記事を書いた次第である。東北地方の人をはじめ全国の一般の人たちは、地震の大きさから「すぐ逃げて」という思いだったであろうが、それを結果的に行動にうつさせないように強烈に引き止めたのは、やはり「1m」(=「逃げるな」)という言葉だったのではないかと私は思うのである。