学校でいじめが起きると学校や教師が悪者になるが、他人をいじめるような子どもにしたのは学校ではない。もし学校がそのような教育をしたのであれば、もっと多くの子供がいじめをするようになるだろう。当然のことであるが、そのように育てたのは基本的には保護者である。だから、いじめの第一義的責任は保護者にあるだろう。

 長年かかって作り上げられた性格は、いくら学校や教師でもすぐには直せない。少しずつでも他人のことを考えるようにしたり思いやりの心を育てたり道徳心やマナーを教えたりするのが教育である。しかし、ひとたびいじめが公になると、学校の保護者たちやマスコミ、教育評論家、一般市民などすべてが学校や教師を極悪人扱いする。いじめ問題以外でも、1つ1つに対して保護者からの文句や要求などは日常茶飯事である。昔のように「先生、子供をよろしくお願いします」という雰囲気ではなく、自分たち(保護者)が要求を突き付けて学校を動かしているんだぞ!逆らったら教育委員会かマスコミだ!という態度だ。

 残業代なしの仕事を夜の10時頃まで学校で行い、明日があるので急いで家に帰ってから深夜の1時頃まで教材研究や通信作成をする。朝起きて7時頃には学校に行き、休憩なしで(行間や中休み、昼休みの間に、数十人分のテストの採点や家庭学習のチェックを猛烈なスピードでこなす)夕方の5時まで働く。トイレに行く時間もなく、授業中にプリントをやらせている時に急いでトイレにいく。普段は使えない年休は長期休業を使っても消化できない(夏休み期間中は会議や研修をたくさん設定されて年休をあまり消化できないようになっている)。毎週、土曜日か日曜日のどちらかには学校に行って朝から夕方まで仕事をする。もちろんすべての学校がこうだとは言わないが、少なくとも私が勤務してきたほとんどの学校がこうだった。

 教員採用試験を受ける人が減ってきたというが、このような実態が漏れ伝わりつつあるのだろう。誰が進んでこれほど苦しい仕事を目指すだろうか。人は働くために生まれてきたのではないはずである。