ニュースを見ると、「国会では、論戦が行われている」などと報道される。

書店に行くと、「議論に勝つ方法」などといった本がたくさんある。

ユーチューブでは、論破ごっこのようなものであふれている。

 話し合いは、決して勝ち負けの戦いではないだろう。実態はすでに決まっている。それについて、調整したり、相手が気付かない視点や落ちていた点について分析や検討をしたり、よりよい状況にもっていくためのより良い方法について意見を出し合って現実に即した調整をしたりするのが話し合いであり、議論である。そこに「戦い」や「勝ち負け」などの概念は必要ない。

 議論や話し合いとは、詭弁や揚げ足取り、論点のすり替えやののしりあい、大声やまくしたてるような速い口調などを駆使して勝ち負けを決めるような「戦い」の口喧嘩と、明確に区別されなければいけない。

 政治に口喧嘩は必要であろうか。口喧嘩に勝つ方法を覚えることなど、悲しくならないだろうか。論破ごっこは、反抗期の中・高生や悪い大人たちに悪しきルーチンを植え付けないだろうか。言論の使い方を誤ることで、社会が詭弁や嘘に溢れ混沌としていくことに危惧を感じる。