岸田総理が、安倍氏の国葬について国民に丁寧に説明するという。

 元要人もたくさん来日するため、警備費用はG20の比ではないとの報道もある。安倍氏は様々な問題を起こしてきたこともあるし、そもそも国葬扱いにする法的根拠も基準もないまま、仲間内で勝手に決めたことだ。だから、多くの国民は国葬に反対だと言っているのに、なぜ指摘も聞き入れず議論もせずにその結論に至った過程を一方的に説明しようとするのだろうか。結論がだめだと言っているのだが、わからないみたいだ。一部の報道では、発表された2億5千万円以外に警備費用など100億円かかるという試算もある。元要人であっても今日本で暗殺されると大変なことになるので(警備がひどいという批判があるため)、現要人と同程度の警備をするだろう。100億というのは信じられないが、元要人の数にもよるが半分の50億ぐらいはかかるのではないだろうかと思う。

「国民に丁寧に説明していく」ということは、「結論はどんなことがあっても変えませんよ」、「私の決めたとおりに国民には動いてもらいます」と言っていることと同じである。こんなおかしな文言を、マスコミ(記者等)や専門家(学者)たちは、許してはいけなかった。「結論を変えないというのではなく、変更しましょう。議論しましょう」と、最初に指摘するべきだった。指摘しないから、政治家たちは「よし、使えるぞ」と思ってしまい、よくない判断や間違った判断をした時に多用して、実行するようになってしまった。

 同じような文言に、「説明責任を果たしていく」というものもある。うそや詭弁、責任の押し付け(秘書や事務所に)や「知らなかった」、「覚えていない」と説明すれば、許される風潮になっている。「その文言はおかしいよ。だめだよ」と、誰も指摘しなかったから政治家たちが使うようになった。言い訳や説明責任など不要である。事実だけを見て処分なり責任を取らせるだけであるはずだ。政治家をどんどん悪者にさせていっているのは、マスコミや専門家たちだと思う。

 警備にかかる費用は、国葬が終わってから発表するという。そんなことを言ったら全国民、全マスコミから一斉に批判をされると思うのだが、政治家はそのようなことを堂々と言えるし、国民はすでに政治をあきらめているし、マスコミは何も気が付かずスルーしている。「もう何でもありだから、政治は見聞きしないようにしよう」という気持ちにもなる。

おかしな文言やおかしな論理、うそ、詭弁を政治家が話した時に、それを指摘して次からいえないようにしなければ認めたことになる。認めるから、政治家たちは加速度的にひどくなっていく。国民は直接政治家に話せないのだから、専門家(大学教授や弁護士など)、記者、評論家などが新聞やテレビなどで、あるいは直接政治家たちに、おかしな文言やおかしな論理を政治家が使ったときにすぐ指摘することが非常に重要である。繰り返すが、黙って見過ごすことは、おかしな言い方や論理を政治家に対して認めてやることである。