安倍元総理の国葬費用として今年度予算から2億5千万円支出することを閣議決定するという。
よく、この閣議決定という言葉を耳にする。閣議決定すると、それだけで「決まり」となることも多いようだ。
閣議の参加者というのは身内(同じ党)で、しかも事実上の総理の部下(大臣)である。総理の決めた提案に反対するはずもない。
閣議決定って、独裁政治のカモフラージュではないのだろうか。
ちなみに、国葬には海外からもたくさんの人が来るらしい。それは安倍氏が政治家として優れていたからではなく、そとづらがよいから友達として親しみを感じていた海外の要人が多かったということだと私は思っている。国民(仲介役のマスコミ)や野党に対しては、悪口や暴言、いやみなどばかり言い、本心をむき出しにする人だった。批判めいたことをいう議員に対しては敵とみなして徹底的に攻撃をした。政治家の資質としては、国内でも外交でもこれといった大きな成果は出していない。むしろ、ソ連や韓国、中国と日本の関係などをみても、後退している面が多い。国内においても国民の生活は変わらず、自身の不正や隠ぺいも少なくなかった。コロナの拡大といった緊急時の対応においても、おかしな行動が多かった。
「長期政権で頑張ったから国葬だ!」という政治仲間も多いが、長期政権になったのは自民党総裁任期を変更させ、(議員や官僚、マスコミなどに対し)威圧的な振る舞いによって自分への非難や反対を封じこめてきたために、結果として権力の座に長くいたことになったのではないかと個人的に思うのだが、私は間違っているだろうか。
私は国葬には反対である。しかし、あれよあれよと閣議決定なるもので決定されていく。国民は、指をくわえてみているしかない。日本の政治システムや選挙システム、政治家たちの意識は、私にはどうも腑に落ちないのである。