選挙運動には金も人手もかかるから、旧統一教会の助けも借りていたと政治家たちは説明する。

 そうであれば立候補者の共通のルールとして、例えばポスター貼りや演説などをしないことにすればよい。すべての立候補者がやめれば不公平にはならないだろう。そもそも街頭演説なんて当選してもやりもしない、できもしない理想論を大声で訴えて聴衆をだます行為に他ならない(当選しても党や派閥の長の言う通りに動くしかないから)。立候補者は「お願いします」と腰を90度に曲げながら連呼し、走りながら両手で聴衆と握手(今はグータッチ?)をするなど聴衆の情にうったえて投票させようとする。こんなバカな茶番劇の選挙活動なんてやめたほうが良い。

 だれに投票するかを決めるのは、これまでの実績や職歴をみて投票するのが一番適切である。パンフレットや演説では悪いことを書いたり話したりするわけもなく、自分の能力や実現性に関係なく、いま考えつく最も立派な理想を訴えているだけで、意味がないばかりか国民が騙されるというマイナスになるだけである。

 立候補者達は、やりもしない、できもしない抽象的理想論を、あるいは党から渡された政策を必死に(地域の)国民に訴え、それを国民が真剣に聞いて投票している姿を見ていると、まるでコントのようで悲しさを通り越しておかしくなってくる。莫大な税金をかけた全国的な規模の大茶番劇で当選した人々、閣内に入った人々は、ごらんの通りだ。これで、投票に参加した国民たちは満足だろう。政治家もひどいが、国民の中にもおかしな人たち、報道や政治家たちに洗脳されている人たちが半分くらいは存在しているのだろう。好きなようにやってくれとしか言いようがない。

 もちろん私は今の政治システム、選挙システムを個人的に認めていないので、うそや偽り、不正だらけの選挙や政治にはかかわっていない(投票にもいっていない)。そして、それはいつの日か多くの国民もおかしなことに気づき、投票率が0%に近づいた時に、政治家たちがようやく「選挙のやり方を変えよう」「不正も、もうやめよう」「給料や手当は地方公務員程度にしよう(金や保身のためではなく、本当に国民のための政治をしよう)」と思ってくれることを期待しての私のできる努力でもある。