「戦争」であれば、いくら人を殺しても裁かれない。むしろ相手を多く殺せば殺すほど英雄となる。
そして、戦後の国際裁判は勝者によって進められ、歴史書は勝者によって書かれる。
戦争って、いったいなんだ。人間って、いったいなんだ。
700万年かけても脳はそれほど進化せず、「生き残る」とか「自分が中心」といった本能を持つ他のすべての生き物と人間も同じなのだろう。昆虫は自分が生き残るために共食いをする。生まれたばかりの鳥は他の卵(兄弟)を巣から落とし、魚やサルは自分の縄張りに入ってきた相手を戦って追い出す。根本においては、人間も同じレベルなのかもしれない。
教育によって、本能とは異なる「思いやり」等々の考え方を多少だが身につけさせることはできるが、本能を消すことはできない。大人になり、学校に行って立派な建前を教わることもなくなると、学校で学んだことは薄れ、本能が丸出しになりやすくなる。
遺伝子に組み込まれた本能は、本当にすごいものである。わかっていても消すことができない。もし、「(動物として)自分は生き残る。だから自分さえ良ければよい。そのために相手に勝つ」といった本能が人間になければ、あるいは教育によってその本能に大きく影響を与えることができるとしたら、家庭内の夫婦げんかも政治家たちの不正も、そして戦争も大きく減らすことが期待できる。
絶望的な結論で終わるのも悲しいので、社会の争いから戦争までどうすれば減らしていけるかを考えてみると、それは世界共通のルールと罰(ペナルティ)を設定するしかないと思う。ただ、自分だけは生き残りたい、自分が安全に生きれるようにしたいという本能があるためにそれもまた不可能に近いだろうが、本能そのものを消すことよりははるかに現実的だ。すべての人にとって安全となる世界共通のルール作りに向かって知恵を絞り、最大限の努力を続けることをめざしたい。そしてその成果を上げるのが早いか、人類が滅ぶのが早いか、後は運を天に任せるしかない。
人類は、他の生物とは違うことを証明したいものである。