旧統一教会と政治家とのつながりが問題になっている。名称変更の際の文書を請求すれば、黒塗りにされており、ますます黒い疑惑が浮かび上がる。
政治家は都合の悪い書類は黒塗りにしたり、ごまかしきれなくなるとシュレッターにかけたりする(まさか事務方が勝手にしたことなどとは言うまい)。旧統一教会との関係を問われると「何が悪いかわからない」と開き直る政治家や名前を貸しただけなどと詭弁を言う。陰でやっていることやばれた後の説明を聞くと、世間的に言えば政治家たちには「悪い人達が多い」という印象である。なぜなのだろうか。
確かに50~60年前にも政治の世界には不正やお金が絡む事件はあっただろうが、今みたいにルーチンワークのようでもなかったし、悪さをやっている政治家たちも上のごく一部の人達であった。しかもその悪事にも巧妙さや幼さが感じられなかった。開き直ったおかしな言い訳も記憶にない(「やっていない」という単純な言い訳であった)。今の政治家たちの多くは、ばれなければ保身のために何でもやり、もし不正や悪事がばれたとしても政治家たちがお互いに傷をなめ合い、証拠を隠したり処分したりし、幼い言い訳をし続けたり他人のせいにしたりし、それで終わりとするのが日常的だ。最後の最後には、「仕事を続けることで責任を果たしていく」と恥ずかしい訳の分を堂々と口にすることもできる。考えると、原因は政治家に立候補する人々の質の低下と、党や派閥の長の命令に従わざるを得ない仕組みにあるのではないだろうか。
いわゆる○○チルドレンと呼ばれる政治的知識や能力のない人々、売れなくなった芸能人、やることが無くなった元スポーツ選手など、政治家としての資質のない人々が立候補し国民の好奇心をあおって当選することが多くなった。政治家の跡継ぎ制度?もおかしなことだ。時々、大学教授や弁護士、元知事等、国民の役に立ちそうな能力のある人も立候補するが、当選しても党や派閥の長の言う通りに動くしかなく、政府のための「1票」としての存在意義しかなくなってしまう。
立候補する人達の質と政党政治や派閥政治(のしめつけ)を改善しなければ、政治の浄化はできないと思う。