嘘や詭弁、不適切な言動に対して指摘をしたり非難をしたりすると、「誹謗中傷はやめろ」という。

 農産物や水産物に対し放射能検査をきちんと行わないので、「本当に大丈夫なのか」、「買うのを控えよう」などと言うと、「風評被害だ」という。どちらの言い分が根拠がなく不適切であるかは一目瞭然であろう。誹謗でも中傷でもないし風評でもない。よくわからないものをたべないことは、あたり前であり適切な行動である。

 根拠や蓋然性のある適切な指摘や健全な批判は、間違いや不正、ごまかしを訂正したり、人々に客観的な判断の材料を与えたりすることになる。不適切な言動、不正確な言動、偏った一方的な言動について指摘すると、すぐに「アンチだ」「誹謗するな」といい、自分の意見に反対してはいけないという態度をとる人もいる。それって本当に良いことなのだろうか。もちろん、犯罪行為につながるような言葉で相手の言動を指摘してきしたり批判をしたりしてはいけないが、健全な批判や建設的な議論はお互い必要だ。それを否定しては、社会は悪や間違いで混とんとするだろう。「誹謗中傷」や「風評被害」という言葉は、どんな言動でもそれを使えば使用者側が正当化される魔法の言葉であってはならない。

 放射能汚染飲食物で思い出したが、よく政治家が福島産の物を食べて「おいしい」といってみせるパフォーマンスをニュースで見かけるが、消費者が福島産の物よりも他の産地のものを選ぶ傾向があるのは、決して福島産の物がおいしくないからではない。それが政治家にはわからないのだろうか。不思議でならない。魚介類や農産物の放射線量をごまかさずにきちんと検査をし、きちんと公表することを日本国民や他国の政府は望んでいるのだが・・・。

 たしかに信頼性が担保できる程度の検査を行うことは、費用や手間を考えると難しいのかもしれないが、それしかないだろう。