プーチンが日本の歴史教科書について「誰が原爆投下したかを言わず真実を無視している」などと日本への批判を行ったという。

 ロシアや韓国、中国の学校では、悲惨で許されない行動が将来起きないように教えるのではなく、どの国がやったのかということを重視しているようだ。

 誰がやったのかをことさら取り上げて子ども達に教えることは、恨みを教え、外交の道具に使うことを目的としていることである。日本は純粋に平和を望み、恨み無く将来を世界中みんなで仲良く生きたいのである。だから、戦後すぐに日本人捕虜が過酷な労働をロシアで強いられ多くの人が亡くなったことも、国名だけではなく事実そのものを日本の教科書では教えていない。

 ロシアが「誰が原爆投下したか日本は言わない」と批判するということは、我々ロシアは誰が過去において悪いことをしたか、将来にわたって外交上の便利な道具として使い続けると宣言しているようなものだろう。

 人類が原爆投下から学ぶことは、誰が落としたかは重要ではなく、二度とそのようなことが地球上でないようにしようということだ。しかしその核を脅しに使いながら(単なる脅しではなく戦争に負けるくらいなら実際に使うだろうが)、多くの人を殺し多くの街を破壊している人が現在もいる。歴史から学んでもらいたいものである。というより、悪い国々というのは歴史を自分たちの都合のいいように利用する道具としか思っていないのだろう。

 人間とはかくも愚かなものなのか。