悠仁さまが、筑波大学附属高校を受験された。
人から尊敬され、目標とされる人物になるために必要なものは、学力ではないだろう。東大に入学する学生はそれまでの人生が勉強中心の生活だったために他人との交流や多様な経験が比較的少なく世間知らずの偏った人(学習だけに特化した人)、かつ最高学府に入ったということでプライドの高い傲慢な人になってしまう人が多いと個人的には思っている。
そうして入学した東大で何を学ぶかということについては、私が大学生の時の先生(年配の人であれば誰でもが知っている知識人)が「東大は国家的天才を育てるところで、そのためには嘘でも教える」と話していたことが思い出される。東大を卒業すると、研究者だったり政治家だったり官僚などになる人が多い。人格者であることが(人の感情や道徳を大切にすることが)あだになるような職業だ。東大とはそういうところである。良い悪いは別にして、傾向としてはこれが事実といえるだろう。
だから、皇室の性質、存在意義などを考えると、皇室の方々は国民が苦しい時に慰め導くにふさわしい人格者になるために学ばれた方がよいと思うのである。
自主性や個性を尊重する、本人の自由にするという気持ちが皇太子ご夫妻にはあるのかもしれないが、そればかりでは子ども達は皆あのようになってしまう。自主性、個性尊重、自由、自己実現、人権、そして今流行りの多様性などといったものと、「わがまま」は紙一重である。子どもというのは体が大きくなり口達者にもなってくるが、実は知らないことや未熟な部分が多く、人生の先輩でもある大人達(両親など)の適切な導きが必要なのである。
<追記2/16>悠仁さまが、提携校進学制度を使って筑波大付属高校に合格された。これで学習一本の道に進むことが決まった。ただでさえ皇室の国民の差は大きく一般市民の気持ちや苦しみを感じることは難しいのに(形式的な慰め方は学習で覚えるだろうが)、さらに勉強に関してはエリート校である高校に進学して学習に専念する生活を送ることでますます下層市民などの感覚や気持ちから離れてしまうことになる。もし彼が天皇になったらどうなるだろうか。敗戦直後昭和天皇は、私はどうなってもよいから国民を助けてほしいとマッカーサーに話したという。彼は自分の命と引き換えに国を救う覚悟が持てる天皇になれるだろうか。高校は学習院にして、様々なアルバイトを経験したりボランティア活動に参加したりNPOやユニセフの親善活動に参加して毎日数百人の子どもが亡くなっていく姿を見たりするなどして、世間を知ったりある程度大変な思いをしたりした方がよいと思う。座学ではだめだ。人は苦しみが多いほど、地獄を見た人ほど、人に優しくできるのである。