個人的には、年末の紅白とオリンピックの開会式、閉会式の演出を見るのがとても苦痛で見たくないのだが、年に1度か数年に1度なので嫌々見ている感じだ。
やはり今日の開会式の演出も私の目には過去の開会式と似たような演出に見え、ワクワクも驚きもないつまらないものだった。10分くらいで居眠りをしてしまったが、20分くらいで選手入場が始まり演出が終わってくれたので、安心してテレビを消すことができた。
去年の夏の東京オリンピックの開会式も開会式もひどいものだった。今振り返ると記憶に残っているのは、せっかくの大会場で縮こまった演出をやりきった、バラエティ番組でみるような一人の体を使っての絵文字くらいだ。悲しくなる。どの国にとっても、大々的なイベントの演出において「すごい」「すばらしい」と思わせるようなものをやるのは難しいのだろう。
私だったら、世界中の多くの人が普段あまり目にしていないもので、「すごい」「かっこいい」と思ってもらえるような演出を考える。たとえば、日体大の集団行動でぶつからずに大勢が交差する技だったり、ダンスの世界大会でも優勝したことのある忍者のようなダンスを踊るグループを出したり(名前は忘れたが見れば誰でもが驚くようなすごいダンス。芸能人ではない)、青森のねぶた祭や秋田の竿灯まつりをやったりすると思う。お尻を出したお相撲さんの行進ではダメなのだ。町の日常風景じゃダメなのだ。オリンピックにおける大会場で、世界が引くような文化や「平和」などのような陳腐な説教を優先させた演出はやめた方がよい。開会式の出し物は自己満足でやるのではなく、あくまでも他人に見せるために行われるものである。見ている多くの人が感動したり、「素晴らしい、また見たい」と思うようなものでなければいけない。
リオオリンピックで披露した東京オリンピック宣伝演出は普段テレビで見ないようなもので、日本的でかつカッコよいものだったので、あのようなものでもよいと思う。東京オリンピックでも当初そのような計画でいこうとしたが、世間知らずのおじいちゃんたちが首を突っ込んで演出家メンバー達が次々に変わることになり、あの悲惨な開会式が生まれたのだと思っている。国際的な大規模イベントの演出に、アンテナの低いご老人たちは関わらない方がよい。
とにかく、今日はすぐに入場行進にうつってくれて、中国に感謝である。今後も短時間でシンプルなものでよい。