神田沙也加氏の死後、北海道での取材の様子を最後にマスコミでは一切彼女の報道がなくなった。確かにマスコミが大勢詰めかけ、両親は気持ちを聞かれ、やりすぎだなあと感じた。

 新たな取材や両親へのインタビューはやらない方がよいと思う。しかし、俳優・歌手であった神田沙也加氏のこれまでの活躍をVTRで紹介することで、みんなで彼女をしのび、国民の思い出に残るようにすることまでやめてしまうのは反対である。これまでの頑張りや活躍をまったく無視するような対応に、彼女も天国で無念に思っているのではないだろうか。今の彼女に関する報道の在り方は、彼女の芸能人としてのこれまでの活躍を黙殺し存在まで消しているように私には見える。これはひどいことのように思う。

 今の報道の状態を、「本心」で両親は望むのだろうか。国民は望むのだろうか。マスコミは望むのだろうか。マスコミや国民が適切でないごく少数の意見にコントロールされ、まるで催眠にかかっているようだ。政治でも災害でも社会問題でも、答えは極論の二者択一ではない。その間やグレーの部分にベストの答えがあるのである。

 真偽に関わらず、雰囲気によってごく少数の声で、いっきに全体が同じ方向へ進んでしまう。これは日本の体質だ。戦前から日本は変わっていない。