谷村氏と加山氏が「サライ」を歌うところを見たくて、24時間テレビのラスト20分位を見てみた。

 相変わらずリレーをやっていた。毎年思うのだが、なんのために走っているのか、リレーの目的がよくわからない。「頑張ればできるから、みんなも頑張れ」ということなのだろうか。しかしそれは、勉強でもスポーツでも何か本来の目的をもって頑張っている人が結果を出した姿を見て、他者が感じることである。24時間テレビのマラソンは、別にマラソンの試合でもないし走る理由がない。「頑張ればできる」ということ自体を目的としている点にとても違和感を感じる。「頑張ればできる」という主張は、あくまでも副産物である。「なんでもいいから頑張っている姿を視聴者に見せよう」というのは変である。そもそも、24時間テレビのマラソンは途中で事故がない限りゴールできるように逆算してスピードを調整したり休憩をとったりしているだろう。今日のラストランナーの城嶋氏は、早くゴールしてしまわないように歩くようなスピードで走っていた。全ては茶番劇である。必死になって頑張っているわけでもないのである。その様子を流しながら、曲とアナウンスによって視聴者に対して感動の押し売りをやっている。国民を馬鹿にするなと思う。最後の打ち上げ花火も、日本の最高技術の花火を1分間くらい盛大に打ちあげてほしかった。今年も日本各地の花火大会は中止となり、オリンピック開会式での花火では全国民が落胆しストレスがたまっていたはずだ。たった1分間でいいから、最高の花火をこれでもかと盛大に上げてほしかった。3,4発で、かえってがっかりした。

 サライに話を戻すが、サライの曲の間、ずっと各地の放送局やキンプリなどのその他大勢のゲストが交互に映り、肝心の歌っている谷村氏や加山氏は、あの長い曲で10秒位しか映らなかった。そんなばかな・・・。

 たった20分位しか見なかったが、何もかもが手抜きの感じがした。あるいは手抜きではなく、菅政権のように能力のない制作担当者が頑張ったが結果を出せなかったのかもしれない。

 見るのではなかった。