前回のリオオリンピックで行った日本のショーが素晴らしかったのは、映像や音楽を担当したのがMIKIKO氏や椎名林檎氏だったからということを、今日の開会式で認識させられた。

 内容も構成も演出も日本のくだらないお笑いが根底にあった。元お笑い芸人による演出では当然日本のバラエティレベルのものになってしまい、世界の人も日本の人もみんなが下らなくチープに感じたことだろう。日本のお笑いが面白いと思うのは、日本でお笑いをやっている当人たちだけである。今日の開会式のパフォーマンスは、内容、構成、演出ともすべてが三流であった。

 バッハ会長と橋本聖子氏の話も、長いのに心に響く部分もなく、全く記憶に残っていない。苦痛の時間だった。

 聖火ランナーが競技場内を走っている時の音楽が、不安をあおるような暗くて嫌な曲だった。その曲をバックに、世界の誰もが知らない長嶋茂雄氏が走った。世界の人はテレビを消さないで見ていたであろうか。

 日本の打ち上げ花火の技術は世界一である。しかし開会式での花火は、これまでの他国のオリンピックで見てきた打ち上げ花火をかなりショボくしたようなものだった。他国が作れないような種類の花火や「すごい」と思わせる構成で花火を見たかった。

 天皇陛下が椅子の背もたれに背中をつけず背中を伸ばして座っているすぐ横で、せもたれに背中をつけ椅子に身をゆだねてダレた様に座っている菅氏の異様な態度も記憶に残った。天皇陛下が開会宣言を行う時、すぐ横の菅総理は椅子に座っており、反対隣の小池都知事が起立したのを見て宣言中に慌てて立っていた。彼は、態度がでかく傲慢なのではなく、本当に物を知らない悪い意味での田舎者なのだろう。

 聖火台に火をつけた最終ランナーが、多様性や自由と自己中をはき違えている大坂なおみだったことも汚点を残すことになったと思う。大坂氏が記者会見を拒否することは自由だ!、多様性が大事だ!という人がいるが、全仏オープン主催者側が記者会見も含めてどのようにイベントを運営するかもまた主催者側の自由であるはずだ。大坂側が主催者側の多様性や自由を自分の好みに変えようとするのではなく、全仏はそのようなものだと理解して大坂氏が最初から全仏に出なければよい話であった。

 明日からの情報番組で、今日の開会式の模様が何度も放送されるだろうが、私は二度と見たくない。リオで行われた東京オリンピック紹介パフォーマンスを見た世界中の人達は称賛の声をあげ、今回の開会式に大きな期待を寄せていたであろう。世界中を落胆させて、一国民として申し訳なく感じる。

 しかし、なぜ前回大成功を収めたMKIKO氏と椎名林檎氏でやらなかったのかとても残念である。構成や演出のメンバーがひどすぎた。悔いが残る。