会社などでプレゼンテーションというものが行われる。テレビでも、「プレゼンで負けた~」などというCMが流れているが、相手や他社よりも素晴らしいプレゼンができると自分の案が採用されたり、契約が結べたりするのだろう。
しかしプレゼンのうまい、下手で、商品や企画の中身の価値や本質は変わらないはずである。商品や提案の中身そのものをよく分析・精査して決定するのが合理的であり、利益に直結する。
プレゼントはいかに聴衆をだませるか、暗示にかけられるかの勝負のような気がしてならない。学術論文の世界では、発表のしかたなどはまったく関係ない。低い声でぼそぼそと発表原稿を読んでもマイナスなどにはならない。研究の内容だけで価値が決まる。むしろ、レベルが高くなると論文発表会などではなく、権威ある学会誌への投稿となり、口頭での発表の場すらない。プレゼン云々などの話ではないのである。
本質を抜きにしておかしな真似(表現大会)で勝った、負けたと騒いでいる会社は平和でよい。「商品や企画内容で負けて、プレゼンで勝つ」となったら、まさに笑い話だ。
「プレゼンテーション」の意味を調べると、「表現、提示、紹介」とある。 ビジネスの世界では、アメリカの広告業界で使われ始めたらしい。多くの人に知ってもらいたいテーマや、これは売り込んでおきたいという企画を効果的に説明するための技法だという。アメリカのように、広告業界やエンタメ業界などにおいて企画などを売りこむための技法として「プレゼンテーション」というものがあり行われていることには十分納得できる。日本のように新商品や新企画の内容を説明する際に、表現技法によって新商品などの欠点をカバーしたり錯覚に落とし入れたりしながら売り込もうとする「プレゼンテーション」には賛成できない。わかりやすく言うと「だまし」になり、結果的に会社や消費者に不利益を与えることになる。
日本では、会議における「商品(や企画)の説明」と「プレゼンテーション(技術勝負」がごっちゃになっている。