「人権」や「多様性」の名のもとに男性同士や女性同士が結婚することも認めなければいけない雰囲気になってきている。人類誕生から、いや生物誕生から続いてきた子孫維持、種の保存のための生物学的な男女の結婚(カップル)の必要性に初めてメスが入れられた。
「男性が男性を好き」とか「女性が女性を好き」と思う気持ちは、生物学的、医学的に本能として本当に遺伝子に組み込まれているのだろうか。そのような気持ちは、後天的なものではないのだろうか。人間も生物である以上、他のすべての生物と同じように子孫を残すことが遺伝子に組み込まれているのではないかと思うのである。
同性が好きだから結婚するという感覚は、人間が、宗教を信じこんだり手品にひっかかったりビックリハウスで錯覚に陥ったり集団心理にかかったり女性が宝塚スターやかっこいい男性を見て憧れたり、あるいは自己表現や承認欲求などで目立ちたかったり優越感に浸りたかったりする構造と同じであるように私は思う。そもそも人間は自分自身で性処理もするのだから、美しければ同性だってよいと思う人も大勢いるだろう。しかしその感情と、結婚したい、同性が好き、男性が(医学的に)女性になりたい、女性が男性になりたいなどと言った感情とは別の話であり、後者は単なる様々な錯覚や憧れ、虚栄心などではないだろうか。もちろん、このことをすべての人が認識している状況下で、自己満足的、パフォーマンス的にやるのであれば問題はない。理由も含め、事実ではないことまで世界中に訴えることには反対である。
何億年にわたる生物史上、ここ数十年のごく一部の人間だけの話である。学問的に決着をつけるべく、医学的、生物学的にきちんとした検証が必要であろう。あいまいにしておくと、この話題も市民権を得て、混とんとした世界になっていく。何事もそうだが、あいまいのまま突き進むことには危険を伴うだろう。