最近オリパラ開催に関わって政府側の答弁から「安心、安全(な大会)」という言葉をよく聞くようになった。ここ2,3日、特に多くなってきた。

「安心、安全」・・・。どこかで何度も聞いた記憶がある。そう、10年前の東日本大震災の時にメルトダウンして何度も大爆発した福一原発から東日本一帯の土壌に放射能がまかれた時である。

 大規模な災害などに対して政府側も本音のところで不安になってくると、具体的かつ科学的な数字や方針を言わずに抽象論や根性論を話すことが多くなり、そして、この「安心、安全」という言葉を多用するようになる。この言葉が政府側から出てくるようになったら、非常にまずい時なのだろうと私は思っている。

 オリンピックを本当に安全に開催することは不可能だがやるしかないという状況なのだろう。1つの例を挙げると、海外からのマスコミや関係者などの宿泊はホテルを貸し切って外出などの違反があったら法的に対処するようにするから大丈夫と菅氏は説明していたが、ちょっとコンビニに薬を買いに行きたいという人を止めたりできるだろうか。そこまで拘束できずに許してしまい、その人は夜の街に消えていくだろう。盛り上がって次々に大勢で街に繰り出すマスコミ関係者たちもいる。少ない監視員で止めることは無理だろうし、そんなことで本当に拘束したら国同士の関係も悪くなり実際には拘束もできないだろう(お願いレベル)。政府は想像して対応策をとろうとするだろうが、残念ながら現実には政府の想像しているようには何1つ運ばないだろう。もしかしたら、強い拘束に反発した酔った外国人たちによる暴動も起きかねない。

 オリンピックはやるのだと思う。どのような状況でも、「安心安全に開催できるよう全力で取り組むのだから安全だ」という論理だ。オリンピックをやるという結論ありきから出発しても、現実から離れていくばかりであろう。