日本テレビの情報番組「スッキリ」を首になった(自主的に辞めたのではない)近藤春菜氏が、「気持ちに余裕ができた」と笑顔で話したという。
同じく日本テレビの情報番組「バンキシャ」を首になったジャストミートの人も、ようやく卒業できたと喜びのコメントを出していた。
芸能界では、首になって大きな仕事が1つ減ることは、とってうれしいことなのだろうか。本人たちは「卒業」という言葉を使うが、卒業とはさらに飛躍をするという意味合いがある。別の大きな仕事をやるために自分から番組を降りるのであれば「卒業」は適切な言葉であるが、単に仕事が減り大きな収入源も無くなって暇になることを指して「卒業」というのは論理的によくわからず、もやもやする。普通に「また、どこかでお会いしましょう」程度でいいだろう。おかしなこと、的確ではないことを言えば言うほど、「なんで?」と、分からなくなる。
政治家も芸能人(特にコメンテーター化したお笑いが苦手なお笑い芸人達)も、言葉をもっと正確、かつ適切に使ってもらいたい。聞いていて、わけが分からない。べつに感心することや立派なことを言ってもらいたいということではない。聞いていて、「えー!そんなバカな!」と驚かない普通の内容であればよい。家族や友達と話す時に、いちいち「おかしい!へんだ!」と思うことなく普通に会話が通じるように。小学生の言葉(会話)でさえ、論理的に「おかしい!」と思うことなく普通に聞いていられる。政治家と芸能人のまじめな話は、頭が混乱して疲れる。
先の2人は、もしかしたら首になったことが恥ずかしいという気持ちを隠すためにハッタリを言っているだけだとしたら、それは逆効果で、こんなことを言えばかえってかわいそうな気持ちが起きてくるというものだ。「今までありがとうございました」など普通の一言であれば、かわいそうだという気持ちも起きない。言えば言うほどみじめに感じられるだろう。「普通」が一番よい場合も、けっこうある。