企業にしても小学校の学級にしてもスポーツの団体競技にしても、集団にはリーダーが必要であり、そのリーダーの質によって集団の質も比例して変わる。あっという間に変わる。

 今日本の社会は大きく変わりつつある。もちろんコロナで多くの人が亡くなっているということもあるが、日本人の心の在り方も変化してきた。日本人は、これまで秩序と思いやりを大切にしてきた。それが最も効率的で過ごしやすい社会を作るための方法だとわかっていたからだ。この秩序と思いやりを守るため、様々な法律やルールを厳格に守り、誰の迷惑にもならないようにマナーに気をつけ、助け合いながら生活してきた。それによって、世界でも突出した道徳的な国となった。

 しかし、現状を見ると、緊急事態宣言が出された今でも、不要不急の要請は受け入れてもらえず都心は人であふれ、夜には路上飲みの若者であふれた。都内のいくつかの寄席のホールでは、「笑いは生活にとって必要不可欠だ」と自分勝手な理由をつけて営業を続けた。パチンコ店やディズニーランドもそうである。経営者は要請を聞かずに社員や店員を通勤させる。日本人は要請などを無視できるようになり、自分の都合を優先させて生活するようになった。他国と同じくなってきたといえるかもしれない。

 こうなった理由を考えると、今の日本という国には、リーダーと呼べるリーダーがいないということが大きいだろう。だから国民は言うことを聞かなくなり、社会がばらばらで無秩序になっている。

 菅氏は不適切な対応を後手後手でやってきた。一般国民や専門家の不安に押されて手遅れになってからしぶしぶ自分の的外れな予想を変えて、(仕方がなく?)対策を弱めた要請などを発出してきた。ワクチン会社との交渉や注射器の準備など河野氏を担当にした彼の判断力も間違いだったと思う。彼の言動はいつもちぐはぐだ。それに、(内容は別にして)田中角栄氏やトランプ氏のような人を引き付け納得させる文章力(最後は自分で直すだろう)も演説力もない。国のリーダー、国難時のリーダーとしては、最もふさわしくない人物であると私は思う。彼は、日本の文化とも呼べる「秩序」と「思いやり」を壊してしまったように思う。

 昨日の選挙で、自民党は全敗した。菅氏はもういいだろう。国のリーダーが菅氏でなければいけない理由が見つからない。