岩手県の部課長19人が、3月末に飲酒を伴う送別会を行ったことが明るみに出た。
岩手県では、大人数での飲食など感染リスクが高まる「五つの場面」(「飲酒を伴う懇親会等」や「大人数や長時間に及ぶ飲食」など)の回避を促すとの基本的対処方針を掲げている。先日尾身会長は、人々のゆるんだ行動を変えるためにはまん防だけでは無理で、これからは政府や知事たちが汗をかいて行かなければいけないと話したばかりでもある。
今回の県職員による飲酒を伴う多人数の送別会について、岩手県知事は「感染対策を講じていれば10人を超えてもいい。100人でもやり方はある」と、問題視しない考えを示したという。今の世の中の努力に逆行した発想だ。「五つの場面」について岩手県の人々は今後どうすればよいのか困るであろう。
政治家や官僚が会食をし、その都度大問題になり、謝罪や降格に追い込まれてきたことを、彼は知らないのだろうか。2,3日前、官房長官や幹事長たちが、官僚たちの会食について「信じられない」「怒りに震えた」とを非難したばかりだ。その直後に、まだこのような発言をする自治体の長がいたとは本当に信じられない。岩手県は本州の端にある田舎だから、世の中の情報があまり伝わっていないのかとさえ思えてくる。
「感染対策を講じていれば10人を超えてもいい」を、国民の合言葉としたらどうなるか、この県知事には想像がつかないだろうか。アルコールを伴った宴会になると、隣や前との仕切りをつけても立ったり移動したりするだろうし、マスクをとって食事をした直後に話もするだろう。酔ってくると、飲みながらなのでマスクを下にずらしたまま大声で会話をしたりマスクを投げ捨て大笑いもするだろう。このような行動は必ずセットとしてくっついてくるから、5人以上の会食禁止や深酔いさせないための営業時間短縮がある。彼は「言葉」で論理の整合性がついていれば、あとは現実もその通りになると勘違いをしている。まさに机上の空論だ。
岩手県知事といえば、自分勝手なふるまいで感染した県内の人への非難について「鬼になる(厳しく取り締まる)」と言った人と記憶している。県民の分断を生むような強い鬼発言といい今回の発言といい、彼は定期的に衝撃的な言葉を発して全国から注目される。彼が国会議員時代、当時の田中真紀子外務大臣に向かって「精神分析の対象」などと発言をしたことも、あまりにも衝撃的でいまだに私の頭にその場面がこびりついている。彼は能力(情報収集能力や思考力など)が劣るか、あるいはプライドが高すぎるかのどちらかなのであろう。おそらく岩手県民は、送別会や宴会を自粛していたであろう。しかし、岩手県職員はやってしまうし、岩手県知事は指導監督もできていなかったことを棚に上げ、逆に開き直ってそれを擁護するような発言を行う。県民は怒っていないのだろうか。
人口密度がかなり低いのに、最近は数十人単位で感染者が出ているようだ。宣言が解除され、気候も温かくなってきたので、今後は仙台や関東からも多くの観光客が比較的安全な岩手県に行くだろう。感染力の強い変異種も増えている。岩手県知事はもっと国と情報交換をし、指導を仰ぎ、部下たちにも注意を与えながら、手本を示すべく自ら汗をかいていかないといけないだろう。災害は常に最悪のことを考えて行動したほうがよい。コロナ災害を決して人災にしてはいけない。