オリンピック式典統括の人が、お笑いの渡辺直美氏を侮辱したということで辞意を表明した。
渡辺氏は、宇宙人と地球人の橋渡しの役で、その時のかっこうがオリンピックのピックにピッグ(豚)かけてピンクの豚のかっこうをし、豚の耳をつけて出たらどうかと、統括の人がグループラインで案を出したという。その場で他のベンバーから「面白くない」、「女性を豚に例えるなんてありえない」などと言われ、その場で謝罪し撤回し、教えてくれた人にお礼を言ったという。
渡辺氏といえば、太ったことをお笑いの道具とし、ぜい肉を揺らしながら激しく踊って笑わせるのが持ちネタだ。今回の騒ぎで、これから彼女は自分のネタをやりにくくなるだろうし、見ている人も今回のことを思い出して笑えなくなる。海外でも報道されると今後アメリカに住んで活動するという彼女にとって仕事の依頼がなくなることにつながってしまう(アメリカのテレビ局も彼女の体を使った芸を頼みにくくなる)。容姿の侮辱だと騒いで彼女の仕事を否定したり、彼女から仕事を奪ったりすることが、彼女への侮辱であり、彼女を無職に追い込む犯罪的発言となる。自分を正義の塊のようにふるまっている人達は、自分がやっている行為によるプラスとマイナスの影響をよく考えなければいけない。
様々な疑問も起きる。もし彼女が男性だったらよかったのだろうか。もし彼女からぜひそれをやりたいと懇願された場合はよかったのだろうか。統括の発言は、公言したものではなくスタッフがグループラインで案を出し合っていた時のものであり、週刊誌に掲載されたり、今の時期に統括を辞任したりするような話なのだろうか。今後彼女がテレビに出て、自分のぜい肉を激しく揺らしブタの耳などを頭につけてダンスなどをして笑わせようとしたら、笑わないでじっと見ていればよいのだろうか。容姿の侮辱云々というなら、世界中における男性の頭皮の薄毛に対するからかいや嘲笑、笑い、露骨な忌嫌いは、なぜ批判されないのだろうか。
男女やジェンダー、容姿、肌の色など、様々な差別問題について、どうなたったら差別となるのか、どのような言動を禁止にするのか、世界共通の基準やルールを国連で決めないと、いつまでもごちゃごちゃが続き、世の中が間違った警察、無責任なコメンテーターであふれかえることになる。
もし国連などで禁止事項を決める場合、表面的なものでは意味がない。例えば、肌の色が白く痩せていて目が大きい人が美しいのだと決めつけて世界中の人々を洗脳するようなミスワールドや美少女コンテスト、ファッションショー、女性雑誌などのモデル選びなど、差別を作っている根底から改革をしなければ、容姿や肌の色の差別は無くならない。
しかし、どうしてもなくすことができない差別もあるだろう。たとえば人種差別が起きる根本的な理由は、人としての自尊心、生物として優位に立とうとする(生き残ろうとする)本能、外交戦略など、様々なことが絡み合って生じている。これらを教育や道徳、法によって改善していくことは、一国ならできても文化も習慣も社会状況も異なる世界中の国では不可能であろう。
まずはできることからやっていきたいものである。