菅総理が、昨日も専門家の意見を聞いたり知事たちの意向を聞いたりする前に、一人で勝手に宣言延長の考えを示してしまった。自分でも「私自身が判断した」と話していた。興奮して力説した内容を翌日翻すことも日常的である。
彼は表現力や判断力が劣るうえに、言動の一つ一つがちぐはぐであったり不適切であったりし、もっともリーダーに向いていない人のように見える。彼はこれまで総務大臣や官房長官として根回しや表立ってできないようなことを陰でいろいろとやって調整を図ってきたのだろう。それによって独裁的な安倍内閣でもとりあえず回っていた。嘘をつき、各方面に圧力をかけ、よくないことも行ないながら、好きなように機密費を使ったり身内の便宜(息子の就職など)をはかってもらったりするなど、甘い蜜も感受できた。しかし、公にできないことができたこれまでの場所から、最も世間の目にさらされる総理大臣になった今、彼が人前で堂々とできることはほとんど無くなった。仕事内容も、自分のことから国民のことに変わった。これまでの考えや手法と、国民の考えや社会常識の狭間で、彼の的外れな言動が繰り返されている。
総理大臣を選ぶ時の基準や手法が不適切なものとなっている。昭和時代ならわかるが、令和になっても、未だ密室や陰でご老体たちが暗躍して総理が決められているとは、何と日本は後進国なのだろうか。日本における男女差別について海外から批判を受け、日本も少しは反省したようだが、日本政治の裏のしくみやおかしな常識、不正、責任逃れやおかしな論法、独裁政治などに対しても海外から批判をしてもらい、不正まがいの慣習がなくなればよいと思う。海外からの批判なしに、これらが無くなることは100%無い。国内の人が何を言っても、その場で彼らは笑い飛ばし、後から圧力をかけられて終わりだ。日本で長年続いてきたことを変えるためには、海外からの非難が絶対に必要である。マスメディアや専門家たちは、政治家に対して直接質問をしたり批判をしたりするのではなく、海外に向けて不適切な日本政治の実情を発信し続けることが重要であろう。
話を戻すと、彼が総理大臣になった時、出身地(秋田県)を前面に押し出していた。秋田県では、彼が初の総理大臣だという。東北というと岩手県が全国で3番目に総理大臣を多く出している県だ。宮沢賢治や石川啄木、金田一京助なども岩手県出身だという。秋田県も岩手県に続けばよかったが、彼が日々不可解な言動をし、不適切な行いがバレるたびに世間の秋田県に対するイメージも悪くなっていく。秋田県民も、本心では早く彼に総理大臣を辞任してほしいと願っているのではないだろうか。彼は、出身地をアピールするべきではなかった。彼の出身大学である法政大学は、総理就任当時、驚くほど静かな反応であった。先見の明があったのかもしれない。