先日、テニスプレーヤーの大阪なおみ選手が、森氏の差別発言を受けて、無知な発言などと批判していた。その大阪選手が、全豪オープンテニスで優勝した。

 優勝セレモニーで、彼女は自分に負けた選手に対して開口一番「おめでとう」と言った。大阪氏に負けた選手は、それを聞いてどんな気持ちになったであろうか。もし逆の立場であったら、大阪氏はどのように感じたであろうか。

 日本の女性の傾向について述べた森氏の発言は適切であった。それがよくなかったというのであれば、日本の女性、ひいては日本社会が世界と違っていたということであろう。女子高生であろうと20代の女性であろうとおばちゃんたちであろうと、日本の女性は男性に比べておしゃべりで、女性が友達数人が集まったら、話はもう止まらない。電話の長話や立ち話、井戸端会議などすべて女性だ。もちろん傾向であり、男女を比較した場合の一般論である。日本の男女を比べてどちらがおしゃべりで話が長いかと問われると、日本人の男女ともすべての人が女性と答えるだろう。女性は話が長いと森氏から指摘された当人がインタビューに答え、理事会において素人だからいろいろ質問したと述べ、長話をしたことも否定しなかった。日本の女性の傾向を適切に表現した森氏に悪いところはないだろう。もちろん、日本の女性がおしゃべりであることが悪いことではまったくないので、日本の女性たちはそれをムキになって否定したり怒ったりする必要はないし、個人的には女性のおしゃべりはそのままでいいと思っている。ただ、時と場所によって、そのままに振る舞うのはいけないということである。重要なことは日本の女性たちが、会社や会議などで、友達といる時や日常と同じようにその性質を出してふるまわないよう(効率が悪くなるから)、最初に研修を行うということであろう。もちろん女性だけではなく、男性も常識を身につけるために男女一緒に研修を受けるのがよい。高校や大学を卒業し会社などに就職したら、誰でもが社会人としてのマナーや常識についての様々な研修を受けることと同じである。

 話を戻すが、大阪氏の発言に対しても森氏の発言に対しても批判はあるだろう。また、なんとも思わない人もいるだろう。あるいは素晴らしかったと思う人もいるだろう。常識も法律も習慣も異なる世界の人々に対して、さらに持ち合わせている知識も感性も性格も異なる個人個人に対しておこなわれる発言は、多様に受け止められて当然である。中には意図的であったり偏見によってなされる批判というものもあるだろう。その上にたって、何かを発言するということは非常に難しいことであり、批判をすることもまた非常に難しいといえる。

 もちろん大阪氏に悪意はなく、慰めのつもりで言ったのだろう。しかし、悔しがっている相手選手は、自分に勝って優勝した相手から笑顔で「おめでとう」などと言われてうれしいだろうか。言われた準優勝の選手は、唇をかみしめているように私には見えた。少なくとも笑顔やうれしそうな顔ではなかった。

 言葉というのは非常に難しい。それぞれの常識や道徳、法律、相手の気持ち、相手の考え方や立場への理解など、すべてが関わってくる。日本の政治家や官僚が話す嘘や詭弁、責任転嫁、記憶にない、証拠は捨てたなどの発言は別にして、悪意や他意のない発言においては寛大な気持ちで聞くのがよいだろう。