ロンブーの田村淳氏が、聖火ランナーを辞退したという。森会長の発言を受けてのことだ。その後、多くのボランティアの人達や聖火ランナー達も辞退しているという。淳氏が辞退しなかったとしても、他の多くのボランティアの人達が申し合せたように「辞退」という選択肢を思いつき、「辞退」と言う行動を一時期にとったであろうか。彼の言動が一つの新たな方法を教え、手本となったことは否めない。

 淳氏の言動が森会長への抗議なのであれば、辞退することはなかった。森氏が辞任し、組織委員会の体質も変わるのであれば、辞退する理由がなくなる。森氏の辞任と委員会改革を要求し、変化がみられない時に辞退するというのであれば納得もできる。影響力のある淳氏が聖火ランナーを辞退するということは、森氏と組織委員会の体質の問題がクリアになったとしても、国中でオリンピックを成功させよう、盛り上げようという空気を壊したままとなり、成功の足を引っ張ることになる。彼が最初からランナーにならなかった状況より、マイナスの状況となる。

 今回どのような形になるにせよ、国をあげてそれなりに成功させようとしている大会を、一芸能人によってその空気を台無しにすることなど、あってはならないことだ。

 慶応大院の学歴を手に入れた彼は、秀才がかけるような眼鏡とエリートが着るような服装できめ、思いつくまま無責任に社会的意見をのべるようになった。世間も、学歴と外見で簡単にだまされてしまう。しかし彼は時々重大な判断をし、社会問題化させ、後で謝罪したり訂正したりすることもあった。芸能問題などであればどのような意見を言ってもよいが、国益に関することや社会に重大な影響を及ぼすような問題については関わらないか、十分に情報を収集し前もって多くの人と議論し熟慮を重ねた後に国民に対して訴えたほうがよい。影響力の大きい彼の言動は、一定程度の世論となってしまう。淳氏は、自分の影響力を認識し、言動に対する責任感をもった方がよい。マスコミも、彼を持ちあげすぎだ。

 今回の森氏の発言問題が解決し、かなり縮小、簡素化されたオリンピックになった場合、淳氏に本当にお手伝いしたいという気持ちがあって聖火ランナー辞退を撤回したとしても、辞めてしまったボランティアの人達は戻ってこないだろう。

 以前は社会的な発言をすることがなく、芸人として面白く彼の番組を見ていたが、青学受験や慶応の通信あたりから変わりはじめ、今では攻撃的でいいたい放題やりたい放題となり、周囲のだれも手がつけられなくなったように見える。最近の彼を見ていると、大河ドラマ「麒麟が来る」の織田信長の悪い部分と重なって見えるのは私だけであろうか。