「バッシングはだめだ」と言われる。バッシングの意味を辞書で調べると「個人・団体の行為に対して、根拠のない又は過剰なまでの手厳しい非難をすること」とある。

 非難の対象行動が残虐であればあるほど、非道徳的であればあるほど、そして社会に対して影響力のある事案であればあるほど、その非難は強くなる。

「死ね」、「きえろ」など人権を無視した発言や犯罪行為まがいの発言は問題外であるが、再発防止のため、社会秩序を維持するために、行為の悪質性や影響力に応じてそれ相応の非難は行なわれなければいけない。

 難しいのは、内容的時間的にどこまで非難すると「過剰なまでの非難」にあたるかという判断である。「過剰」と言っても人によって受け取り方は違うだろうし、もちろん数量的に「過剰」の基準を決めることもできない。また、よく「バッシングはよくない」という人に限って他意のある人や視野の狭い人が多いのも事実であり、悪い人が善良ぶる時にもそれこそ過剰に使われたりする。

 過度な非難(バッシング)が犯罪行為にあたるか、法に従って警察が判断し取り締まるしかないだろう。マスコミや芸能人、一般人が「それはバッシングだ」「バッシングはよくない」と、自分の基準で軽率に断罪していっても、その適切性に責任を負うこともできないし負うはずもない。あおり役の1人になるだけである。