大学院というところは、食事と寝ている時間以外は昼夜問わずずっと研究する場所である。大学とは全く異なるところだ。少なくとも私がいた大学院はそうであった。
ロンブーの田村淳氏は、学歴を手に入れたので彼の本当の目的は達成できたようだ。現在彼は研究よりテレビ出演に専念している。コメンテーターや社会問題を自由に述べる番組などをやっている。大学院入学後は、朝から晩までテレビで彼を見るようになった。慶応大学大学院は、大学院で必要な基礎的な学力や研究能力は無いが面接においてお笑い芸人の口のうまさに負け、学歴だけを与えてしまった。彼の勝ちである。
彼は「とにかく学びたい」という思いで大学受験をしたようだ。しかし彼は、通信教育は自分(の勉強方法)に合わなかった旨のことを話していた。通信教育は自分で文献を読み一定レベルの作文を書いて合格していかなければいけないので通学過程よりも大変である。しかし、彼はとにかく学びたかったはずだ。能力的にも学問に対する意欲面でもついていけなかったことと、自分のやり方に合わなかったことは別のことである。まさに詭弁だ。学び云々ではなく、楽に学歴を手に入れる方法として良く無かったことがわかったのだろうと思われても仕方がない。
慶応大学出身で「あれっ」と思わせられるような若いコメンテーターや、慶応大の教員も特に最近よく情報番組等で目にするようになった。大学教員は、テレビ出演の数で名を上げるのではなく、すべては査読付き論文の本数で実力や格を決めなければいけない。かつて私大の雄として君臨していた慶応だが、最近は芸能界とタイアップすることで名声を上げようとしているように見える。時代の変化もあるだろうが、日本のレベル維持のためにも伝統の学問中心主義を崩してはいけない私立大学も上位校にはあってほしいものである。
そうは言っても法学部を見ると慶応大学は早稲田大学よりも偏差値が高い。両方合格した人へのアンケートでは、多くの人が慶応を選ぶという結果も出ている。人気も慶応は高い。大学のブランド力を上げるためには、手段との相関関係はあまりないようだ。
慶応大学も、親や本人が有名人だからと言った理由を考慮せず、やはり能力のみによって(医学部など学部によっては性格や意思なども含めて)大学の合否を決めるた方がよいと思う。そして大学院は、最低限大学を卒業した人(大学教育についてこられた人)で卒論があり、その内容が一定のレベルを超え、その論文をさらに発展させたいと思っている人を入学させるべきであろう。