押印の習慣をなくそうとする動きが、拙速な言動が目立つ河野大臣の働きかけから始まった。

 押印の習慣は大昔から始まり、一度途絶えたが織田信長の時代に再び使われるようになったという。信長から始まったとしても、その歴史は相当なものだ。押印文化ほど長く日本で続いた文化があるだろうか。伝統文化を守るためにも無くす必要はない。

 便宜上、パソコン上で電子的に確認を取ったりサインにしたりしてももちろんよいだろう。そしてこれまでのように押印でもよいだろう。0か100かの議論ではない。どちらでもよいことにすればそれで済む。大切な視点は、手段ではなくチェック先の数であろう。

 印鑑ほど長く続く日本の芸術・文化はこの先二度と生まれない。文化を軽々しく抹殺するものではない。第7世代のお笑い芸人のように、今の若い大臣たちは勢いだけで、実力がないように見える。まるで、能力不足をはったり(強がり)でカモフラージュしているようだ。いつか大きく国益を損なわせないかハラハラしてしまう。