岡田晴恵氏のこれまでのテレビでの発言について、総括的な批判がなされている。確かに彼女は、国難に対して無責任に言いたい放題であった。エビデンスを主張しながら自分の発言はいつも予想や感想、感情的な非難ばかりであったし、思い込みが激しく、おかしな発言も目立った。彼女は、自分自身で繰り返し主張している「専門家」でも「科学者」でも「大学教授」でもなく、名実ともに「ワタナベエンターテインメント」のタレントであった。
「リケジョ」という言葉がある。全国的に有名になったリケジョの代表といえば、スタップ細胞の小保方晴子氏とコロナウイルスの岡田晴恵氏ではないだろうか。どちらにも、名前に「晴」の字がつく。社会や世の中に晴れをもたらしてほしいという両親の願いがあったのかもしれない。
この二人を比較すると、成り上がり方がとてもよく似ている(権威者に近づいて親密になる)。執筆した学術論文に、どちらも疑義が持たれている。そして、最後も同じく二人とも化けの皮がはがされ、ひっそりとマスコミから去った。能力以上に無理をしてきたのだろう。名前の「晴」がむなしく見える。
この二人は、「リケジョ」の能力や出世の手口を世間に知らしめ、イメージを貶めた。今では、リケジョと聞くと個人的には「どうせだめだろう」と思わせられるようになった。もちろん、これが事実でないことはわかる。本当に能力のある理系の女性研究者はたくさんいる。しかし、この二人がリケジョに対する私個人のファーストインスピレーションを作ってしまったことは確かである。
そして、もう一つ触れなければいけないことがある。マスメディアである。岡田氏は、最後は対談番組の「サワコの朝」にまで出演していた。いつも利用するだけ利用して最後は使い捨てにし知らん顔をする百戦錬磨のマスメディアに、岡田氏も翻弄された部分があるのかもしれない。派閥による密室政治で一国の総理大臣を決めてしまう国会議員も恐ろしいが、それに負けず劣らずマスメディアも恐ろしいと思う。密室で決められた数合わせの自民党総裁選についても、マスメディアは全く批判しない。マスメディアにも姿勢を改めてほしいが、政治家とおなじく不可能なことのようにも感じられる。政治家だめ、マスメディアだめであれば、どこが悪事にブレーキをかけ、日本をよくしていくというのか。その機能が今の日本にはない。
岡田氏もこれに懲りて、今後はテレビ局から距離を置き、誠実に学術研究に専念し確かな成果で人の役に立ってもらいたい。